"消された母親の席" 第4話
だが、もしも。
もしも、葵が最初から修平と綾さんの子供だったとしたら?
私は、夫と浮気相のに産まれた子供を、それとらされずに、自分の命を削って育てさせられていたというのか?
そして今、子供が名学へ入学する資格をに入れるための、ただの「体裁用の母親」「便利な無料の子守り」として使われているだけだとしたら——。
「う……ああっ……!」
喉の奥から、獣のような呻き声が漏れた。
爪がのひらにい込み、血が滲む。
私はちがり、洗面台の蛇を捻って、氷のようなを顔に叩きつけた。鏡のに映る自分の顔は、のように青く、目のには黒々とした隈が張り付いていた。歳。かつてはもっと肌に艶があったはずだった。もっと笑っていたはずだった。
このままでは終わらせない。
事実を確かめなければならない。私のが、葵と過ごしたあの々が、すべてあのの描いたおぞましい台劇だったのかどうか、この目で突き止めなければ、私は狂ってしまう。
*
翌朝、私は葵を区の認保育園へ預けたで、慶学園の等部へと向かった。
のたいがっていた。傘を差していても、吹き付けるでコートの裾がぐっしょりと濡れる。
守所で来者バッジを受け取り、杏の落ち葉が敷き詰められた並を歩く。
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慶の舎は、赤レンガ造りのな歴史をじさせる建物だ。ここに通う徒たちはみな、選び抜かれた名の子供たちであり、修平のような般採用の教員は、彼らの「召使い」に過ぎないのだと、修平自がかつて自嘲気に語っていた。
職員のの廊につと、の効いた内から、コピーが稼働する規則な音と、教員たちのく抑えられた談笑が漏れ聞こえていた。
私は呼吸をし、引き戸をノックした。
「失礼いたします」
番のデスクに座っていた教務主任の男が、怪訝そうに鏡の奥の目を細めて私を見た。
「はい、どなたですか?」
「の本史科の、相沢修平の妻です。夫に急ぎの類を届けに参りました」
教務主任の眉が、ピクリといた。
彼は私の物のトレンチコートと、で濡れた毛先を瞥すると、事務で抑揚のない声をした。
「相沢先ですか。相沢先なら、本は休暇を取得されていますが」
「……え?」
私の元が、さく揺れた。
「休……ですか? 昨夜から、初等部との推薦枠の内部会議で、学に泊まり込みだと聞いていたのですが」
教務主任は、憐れむような、しかしどこか嘲るようなたい笑みを元に浮かべた。
「奥様、昨夜は全館警備体制に入っておりましたので、宿泊を伴うような内部会議など切われておりませんよ。
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それに、推薦枠の決定権は理事会にあります。教諭である相沢先が関与できる領域ではございません」
「そんな……では、修平は昨夜、どこに……」
「それは私どものじげることではございません」
教務主任はそれ以話すのを拒むように、元のプリントの束に線を落とした。
「奥様、ここは教育の現です。個なご庭のトラブルを持ち込まれては困ります。相沢先にご用がおありなら、ご自宅でお話しいになってください」
完全な払いだった。
私はをげ、逃げるように職員をにした。
廊を歩く私の背に、通りかかった若い女性事務員のヒソヒソ声が突き刺さった。
『——あれ、相沢先のところの奥さんでしょう?』 『ええ、やっぱり噂通りね。慶会の幹事にすがりついて、分相応なお受験を画策しているっていう……』 『ご主が誰と親密にしてるかもらないで、惨めよねえ』
嘲笑が、たい廊に反響していた。
っていたのだ。
この学のたちは、修平が誰と、どんな関係を結んでいるのかを、全員がとうの昔にっていたのだ。
私だけがらなかった。
私だけが、夫を支え、庭を守り、名へのを拓くために尽くしている貞淑な妻のつもりで、その実、周囲の全員から「れな化」として指を差されていたのだ。
血の気が引き、界がく滅する。
私は壁にをつきながら、必でへと向かって歩いた。
くに帰らなければ。