"680億円の取引を救った秘密の多言語" 第4話
「あいにく、元のスケジュール帳が今元になくて……またを改めて確認しておきますね」
織はそのしのぎの作り笑いで巧みに流していたが、彼女が机のでぎゅっと固く握りしめた拳が刻みに震えているのを、私は類の隙からひっそりと目撃してしまった。
織は、参加する通訳たちのスケジュール調や、からの賓客の宿泊配まで、すべてで抱え込んでいた。
それでも彼女は音を吐かず、このプロジェクトを絶対に成功させるために全力を注いでいた。
――俺なんか、このチームのなかにいて本当にがあるのだろうか?
けれど、そんな無力に沈む私に、織はしずつ具体な仕事を振ってくれるようになった。
「くん、このリストをちょっと見てもらえる? ルクセンブルク側のコレクターが指定してきた展示品の素材や所の報が、部抜けてるのよ」
「……調べれば、分かるといます」
「美術品や文化財団の公式な公資料からで構わないわ。どこの域の作品で、どの代のものか、それだけでも交渉のきな助けになるから、お願いできるかしら?」
「……やってみます」
彼女が私に任せたのは、各国の展美術品に関する素材や歴史背景のリサーチ――いわゆる「掘り資料」と呼ばれるものだった。それは交渉の席で、相の文化や価値観をく理解するための極めてなサポート資料だった。
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それは、私がこれまでやらされていた雑用とは決定に違っていた。誰にでもできそうなな仕事に見えて、実際には非常に繊細であり、調べをつでも違えれば交渉全体を利にしてしまうような、裏方でありながら極めてな役目だった。
(この陶器の発掘記録は1930代、造形者は旧チェコスロバキアの王関係者……だが、現の所権は民に移っているのか)
はじめは探りで戸惑うことばかりだったが、膨な資料を読み解き、美術史のピースをパズルのようになぞっていくうちに、私ののは綺麗に理されていった。
(この断片の釉薬のパターンは、かの名なネフェルの陶器に似ている……となると、ギリシャ側の求の根拠もこれで分に納得できるぞ)
こうして、私は頼まれたリサーチ資料を完璧な形に仕げ、織のもとへと持参した。
「え……これ、すごいわね。本の公資料にはまだ載っていない詳細な報まで網羅されている。こんなに完璧に調べげるの、すごく変だったんじゃない?」
「いえ、の専データベースをくまなく探したら、々と古い記録が載っていたので……」
「そこまで自発に調べてくれたのね。それに、こんなに期で仕げてくれるなんて本当に助かるわ。くん、ありがとう」
「いえ、その、すみません……それではこれで失礼します」
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自分の臓の鼓が気にくなり、私は恥ずかしさのあまり、そのから目散に駆けしてしまった。
「ありがとう」と言われたのは、でいつ以来だっただろうか。自分が臭くやった仕事に対して、からの謝を言葉にしてくれるがこの会社にいるなんて、私はにもっていなかった。
翌。
「くん、昨は本当に助かったわ。あのの資料、今の事の打ちわせでとても参考になったのよ」
「あ、あの……本当にあれで良かったんですか? なんだか自分のリサーチに自信がなくて……」
「内容に自信がないなら、そこまで自分で徹底に調べてきた自分の『量』に自信を持ちなさいよ。適当にやったと、きちんと魂を込めて調べたの資料って、読めばちゃんと伝わるものだから」
「あ、はい……」
あんなに、私のを真っ直ぐに肯定して言われたことなんて、で度もなかった。それだけで胸の奥がじんとくなり、言いようのないが広がった。
社内では相変わらず私を「使えないやつ」とで嘲笑う連もかったが、鬼はと言うと、相変わらず私に資料を投げ渡すも雑だった。
「おい、これ、しおりちゃんが『にお願いしてやってよ』って言ってたぞ。どうせお、暇なんだろ?」
「あ、はい……」
「鬼さん、これはさんにお願いしたいんです。
昨のリサーチ資料がすごく分かりやすかったから、彼に任せたいの」