"680億円の取引を救った秘密の多言語" 第10話
すれ違う社員たちの背筋や歩き方が、どこか誇らしげに変わっている。
「おい、あのの通訳のやつ、カ国語って本当にマジだったらしいぞ……」
社内のあちこちで、まるで自分がその物であるかのような噂話の渦が巻いていた。
これまでのように、周囲の目を避けて息を潜めて歩く必はもうどこにもなかった。
「くん、ちょっとこっちのデスクに来てくれる?」
織が、優しい笑顔で私を呼び止めた。
彼女のデスクのには、分い資料がのように積みげられていた。その番には、しく結ばれた「プロジェクトの継続契約」が誇らしげに乗っかっている。
「あのは、本当にありがとう。おかげで今回の継続契約だけじゃなく、すでに欧州の別の美術館からもしい案件のオファーが来ているのよ。すべてはあなたの実力がきっかけなんだからね」
「本当に、俺なんかで良かったんですか?」
「あなたじゃなきゃ絶対にダメだったって言ったら……信じる?」
ふと、織は柔らかく微笑んだ。それだけで胸の奥がまたくなる。
「はい……信じます」
その笑顔があまりにも優しくて、私は気恥ずかしくなってわず目をそらしてしまった。
(いつか、ちゃんと彼女の目を真正面から見つめて、自然に笑えるようになろう)
その、オフィスの会議のいドアが音をてて激しくいた。
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鬼が、どんよりと暗い絶望の表を浮かべながらてきた。彼の背には、事部の瀬さんの姿がしっかりとあった。
「鬼くん、君のこれまでの適切な発言と横暴なに対して、複数の取引先から正式な抗議文が届いている。変遺憾だが、当面の、営業の第線からはれてもらう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 俺は、俺はこの会社のために……!」
「くん」
瀬部が、私に優しく声をかけた。この会社にどん底の状態で入社するきっかけを作ってくれた恩だった。かつて私が学の説会で自分の殻に閉じこもっていた頃、唯言葉を交わしてくれた。
「君がここまで会社を救うとはな……あのの私の直は違っていなかったみたいだ」
「僕をあの拾ってくれて、本当にありがとうございました」
「いや、違うよ。君自が、自分の実力で自分を証したんだ。……君には、もっと広い台がふさわしい。今、社内に本格な『通訳・言語アドバイザー部』を設する予定だ。その初代リーダーを、君に任せたい」
「僕が……リーダーですか?」
「君は、単に械に言葉を訳すだけでなく、『』を訳せるだ。だからこそ、この部は君にしか任せられないとったんだよ」
私の答えは、迷うまでもなかった。
「……やってみたいです」
「うん、いい返事だ。いに期待しているよ、くん」
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社内がざわついていた。でも、私はそれをもう怖いとはわなかった。本当のでの変化は、すでに始まっているのだから。
「くん、これからますます忙しくなるわね」
「はい。でも、これからはすごく頑張れそうです……しおりさんが隣にいてくれるなら」
その私のストレートな言葉に、織はふと驚いたようにきく目を見いた。そして、すぐにほんのりと美しい頬を真っ赤に染めながら、照れくさそうにさく呟いた。
「もう……何言ってるのよ」
そのし器用な声が、世界で番優しかった。
それからさらにが過ぎた。
季節が巡りするに、私の世界はきく、劇に変わった。
世界各国の文化庁、最峰の美術関、由緒ある博物館。気づけば私は「介の通訳者」という枠を遥かに超え、国際ビジネス保全協議会の正式な「言語アドバイザー」として、世界から招かれるようになっていた。
に乗り込み、まだ見ぬらないへ赴いて膨な歴史資料を読み込み、誰かの文化の歴史を背負う。
勢の国のにち、数カ国語を自に操りながら、複雑な議論をつの結論へと導いていく。
かつて全徒のでたった言のスピーチすらできず、声をせなかったあのの私が――。
「本は、皆様のご協力によりく謝いたします。
文化とは、言葉と同じく、きていて互いに結びい、響きうものです。この芸術の数々が、未来へ架かる美しいとなることを、私はより願っております」