"身重の愛人を抱き起こした私" 第5話
あなたは、佐藤康平氏の、どなたですか」
診察の空気が、瞬で凍りついたようにくなった。 嘘をつくはなかった。ここで取り繕っても、何の解決にもならない。
「……妻です」
私はを交えず、はっきりと答えた。
「私は、佐藤康平の戸籍の妻です。葵さんは、夫の交際相です」
医師の眉がピクリとねた。 だが、激しい揺を見せることはなかった。数くのの業を見てきたベテラン医師特の、沈鬱な静寂が彼を包んでいた。
「なるほど……そういうことですか」
医師はく息を吐きし、カルテのページをめくった。 そこには、過の受診記録や、検査データのグラフが何枚も挟み込まれていた。
「奥さん。単刀直入に伺います」
松永医師はを乗りし、机のに両を組んだ。 そのは、先ほどよりもさらに研ぎ澄まされ、徹なまでの真剣さを帯びていた。
「その子、本当にご主のお子さんだと聞いていますか」
言葉のを理解するのに、数秒のをした。 のの考が、真っに吹きぶ。
「……え?」
「言葉通りのです」
医師は線を逸らさず、静かに、しかし決定なみを持ってその問いをねた。
「ご主は、本当にその子の父親として、あなたに婚を迫っているのですか?」
「言葉通りのです」
松永医師はデスクのに組んだ両に線を落とし、それからもう度、私の目を真っ直ぐに見据えた。
広告
「ご主は、本当にその子の父親として、あなたに婚を迫っているのですか?」
夜の診察には、換気扇のい唸り声と、超音波器の微かな子音だけが響いていた。 ともともつかない、乾いた空気喉の奥に張り付く。
「……どういう、ことでしょうか」
私の声は、自分でも驚くほどく掠れていた。
「康平は今夜、彼女をに連れてきました。お腹の子は自分の子どもで、佐藤の跡取りだと……義母のでそう宣言したんです」
松永医師はく、いため息を吐きした。 カルテのファイルを指先で静かにめくり、枚のきのメモが挟まれたページをく。
「実は週、葵さんは度、当院の昼の般来を受診されています。その際、ある男性が同伴していました」
医師の鋭い差しが、私の表筋の微かなきすら逃さないように注がれる。
「カルテの同伴者欄には、佐藤康平と記録されています。ご主ですね」
「康平が……ここに?」
「ええ。ですが、受診の目は定期検診ではありませんでした。妊娠週を過ぎ、初期の絶が法に適用できなくなった段階での、期絶の相談でした」
臓が、たい氷に浸されたように縮みがった。
「絶……?」
「そうです。同伴されたご主は、非常に圧な態度でした。『何週だろうが関係ない、いくら払えば今すぐ堕ろせるんだ』と、診察で執拗に詰め寄ってこられた。
広告
しかし、さんご本は激しく取り乱し、『絶対に産む、この子を殺さないで』と泣き叫んで、処置を拒絶されました」
松永医師の淡々とした調が、かえって事態の異様さを際たせていた。
「押し問答の末、ご主は受付で吐き捨てるようにこう言い残して、で帰られました。『自分はこの女の雇い主に過ぎない。認もしないし、費用の保証にもならない。これ以自分を巻き込むな』と」
のの歯が、激しい音をてて軋んだ。
週。 康平は病院の受付で「自分はただの雇い主だ」「認もしない」と言い放ち、絶をしていた。 それなのに、今夜はなぜ、あの女を実に連れてきたのか。 なぜ義母に「待望の初孫だ」と紹介し、私に「跡取りができたからをてけ」と迫ったのか。
「本来なら、患者のプライバシーに関する事柄を言することは守秘義務違反に当たります」
松永医師は背筋を伸ばし、厳しい表を崩さないまま言った。
「ですが今夜、救急も呼ばず、妻であるあなたに付き添わせ、当の本は顔すらさない。それどころか、週と真逆の主張をして庭を壊そうとしている。これは通常の男女関係のもつれではありません。母体にとっても、胎児にとっても、極めて危険な環境です。医師として、過できませんでした」
「……教えてくださって、ありがとうございます」