"身重の愛人を抱き起こした私" 第15話
その瞳の奥には、濁った脅迫のが宿っていた。 『俺の言う通りに頷け。恥をかきたくなければ、くをげろ』――そう雄弁に語りかけてくる線だった。
テーブルの央に、枚の緑のが滑りる。 すでに康平の署名と捺印が済まされた、婚届。 その隣には、昨夜リビングで見せられたあの覚が置かれていた。
『婚姻関係破綻に伴う:妻・佐藤由は財産分与および慰謝料の切を放棄し、速やかに退する』
「さあ、由さん」
義母がハンカチを握りしめ、徹な声で畳みかけた。
「親族の皆様ので、ちゃんとお詫びをしなさい。あなたが勝にていくことで、佐藤の世体にどれほどのを塗ることになるか、分かっているでしょう。このに判を押して、潔くを引いてちょうだい」
親戚たちの複雑な線が斉に私に突き刺さる。 「由さんもい詰めていたのか」「だが、跡取りができないからと急にていくのは無責任ではないか」――ひそひそとした囁き声が、畳を擦るように広がっていく。
私は黒のワンピースの裾をえ、ゆっくりとをげた。
「正雄叔父様、親族の皆様。本はお集まりいただき、ありがとうございます」
私の落ち着き払った声に、康平がわずかに眉をひそめた。
「お義母さんと康平さんのおっしゃる通り、私がこのをていくことは事実です。
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そして、この婚姻関係を継続することが能であることも、違いありません」
「ほら、聞いたでしょう!」
義母が得げに声を張りげた。
「本がこう言っているんですのよ。さあ康平、くペンを渡しなさい」
「待ちなさい」
な、腹の底に響くようなが、の空気を叩き割った。 正雄叔父だった。 叔父は湯呑みを畳に置き、険しい目付きで康平と義母を射抜いた。
「さち子さん、康平。今の話、本当にそれだけか?」
「え……? 正雄叔父さん、何をおっしゃるんですか」
康平の額に、微かな汗が滲む。
「由さんが自分から『を引く』などと言いすはずがない。わしはこの子の性分をよくっとる。、康平の親父さんが倒れた、誰が番をかぶって介護をした? あんたが寝込んだと言って逃げ回っていた、病院への付き添いからの世話、親族への配まで、全部で背負い込んだのはこの由さんだ」
正雄叔父の言葉に、義母の顔が瞬で引き攣った。
「その子が、何の相談もなく急に『欠陥品だからていく』などと言いすわけがない。康平、お……何か隠していることがあるんじゃないのか」
「な、何もないですよ! 滅相もない!」
康平は必にを振った。声が裏返り、貧乏ゆすりが始まる。
「俺はただ、由のこれからのをって……!」
「いいえ、隠していることはほどあります」
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私の凛とした声が、康平の言い訳を真っ向から断ち切った。
「由! お、親族ので何をでたらめを――!」
康平が激昂してちがろうとした、その瞬だった。
ピンポーン、と。 張り詰めた静寂を破るように、玄関のインターホンが鋭く鳴り響いた。
義母が苛たしげに舌打ちをする。
「まったく、こんな事なに誰なのよ。由さん、く追い払ってきなさい!」
「追い払う必はありません」
私は静かにちがり、膝のの埃を払った。
「私が、お呼びしたお客様ですから」
「はあ!? 誰の許を得て――」
康平の声を背で受け流し、私はをて廊をんだ。 い玄関ドアをけると、そこにはたい朝のを浴びてつ、の物がいた。
仕てのいいダークグレーのスーツを着た、弁護士の先輩。 そしてその隣には、黒いシンプルなコートにを包み、緊張で顔を張らせながらも、しっかりと両で面を踏みしめている葵の姿があった。
「遅くなりました、由さん」
先がく礼した。
「いいえ。最のタイミングです」
私は葵の顔を見た。 葵は私の目をじっと見つめ返し、さく、しかし迷いのない仕で頷いた。 昨夜の怯えきったの顔は、そこにはなかった。 自らの過ちを受け止め、まれてくる命のためにを被る覚悟を決めた、の女の顔だった。
「お入りください」
私がを促し、へと戻る。 障子をけ放った瞬、内の空気が文字通り凍りついた。