みかん小説
本棚

"義母が遺した二十年の通帳" 第1話

「母さんももう逝ったんだし、おのことで疲れただろう。これからは各自、自分のことは自分でやろうじゃないか」

も過ぎ、義母の百箇を終えた翌週の夜だった。 夕の席で、夫の浩が唐突にそう切りした。

卓には、私がかけて作った肉じゃが、松菜の胡麻え、豆腐とわかめの噌汁が並んでいた。 汁のりとともに湯気がちのぼるそれらの皿を、浩は箸で突つきながら、まるで慈い主君が部に休暇を与えるような、寛な笑みを浮かべていた。

「俺たちももう若くない。子供たちもだ。今までみたいに飯だの洗濯だの、おに全部押し付けるのも悪いとってな。これからは活費も費も、事も洗濯も、各自で完全に独する。おもそのほうが肩の荷がりるだろう?」

その言葉に、真っ先にを乗りしたのは、男のだった。 今歳になり、元の商社に勤めて目の会社員だ。

「賛成。俺、残業で夜遅いいし、正直、で決まったに飯うの面倒だったんだよね。自分の好きなにコンビニで買ったりったりするほうが気楽だし。洗濯も、俺のはデリケートな素材がいから、母さんに勝に洗われるの嫌だったんだ」

続いて、になる歳の真奈が、スマホから目をげずに言った。

広告

「私も賛成。お母さんの畳み方、なんかシワになるから嫌だったのよね。これからは自分の部に洗濯物干すから触らないでね。あ、蔵庫の棚、は私の専用スペースにしていいよね?」

の声には、私への気遣いなど片も含まれていなかった。 そこにあったのは、「面倒な母親の干渉から解放される」というな軽さと、私という々の活から都よく切りせるという、無邪気な優越だけだった。

私は箸を止め、目のに座る夫との子供の顔を順番に見つめた。

。 私はこので、度も自分の志で朝寝坊をしたことがなかった。

毎朝半に起きて分の弁当を作り、朝を並べ、義母の薬を準備し、全員を送りした。 パートから戻れば、のような洗濯物を取り込んで畳み、に掃除をかけ、義母の腰の湿布を貼り替え、夕の買いしにった。 代、気代、ガス代、固定資産税、自治会費、親戚への冠婚葬祭の包みの用。 こののあらゆる隙を埋めていたのは、すべて私の名のない労働だった。

それを、彼らは「各自でやる」と言ったのだ。 まるでそれが、私へのご褒美であるかのように。

「……わかりました」

私はく、静かに頷いた。

「え?」

が拍子抜けしたように目を丸くした。 もっと泣いて嫌がるか、「そんなの困る」

広告

とすがるとっていたのだろう。 私の声があまりに平坦だったため、浩瞬だけ居悪そうに喉を鳴らしたが、すぐに勝ち誇ったような笑みに戻った。

「よし、決まりだな。じゃあ今夜のこの飯を最に、佐藤は『完全独制』ということで。からは自分のい扶持は自分で稼いで自分で片付ける。いいな?」

解ー」と真奈が軽くを挙げ、も肉じゃがの肉だけを拾いいしながら頷いた。

私はそれ以、何も言わなかった。 自分の分の噌汁を静かにみ干し、茶碗をに取って流し台へと向かった。

その背に、の楽しげな笑い声が浴びせられていた。 彼らはまだらなかった。 こので、何が彼らの元を支えていたのかを。

翌朝、午分。 私の体内計は、の習慣通りに正確に私を目覚めさせた。

の隣のベッドで、浩はいびきをかいて眠っている。 私は音をてずにベッドを抜けし、台所へ向かった。

いつもなら、ここから戦のようなが始まる。 卵を焼き、夜から仕込んでおいたおかずをまし、つの弁当箱に詰める。 ご飯を炊きげ、噌汁を作り、聞を取りにき、浩のワイシャツにアイロンをかける。

だが、今朝は違った。

私は弁当箱を棚から取りさなかった。 炊飯器の予約ボタンも押さなかった。

戸棚から自分のマグカップをつだけ取りし、お湯を沸かした。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: