"義母が遺した二十年の通帳" 第17話
浩は息を呑み、血った目で私を見つめた。
「真奈がまだ歳にもならなくて、夜泣きが酷かった頃です。あなたが仕事のストレスを理由に、夜に真奈が泣くたびに壁を蹴ばして鳴っていた期です。私は眠でふらふらになりながら、のお弁当を作り、あなたの朝を並べ、お義母さんの病院の付き添いをしていました。ある、台所でちくらみを起こして、お皿を枚割ってしまったんです」
あのの台所のたさが、昨のことのように蘇る。
「お皿を割った音を聞きつけて、あなたが階から駆けりてきましたね。そして、割れた破片を片付けようとしゃがみ込んでいた私ののから、『領の悪いぐず女が! 皿枚まともに洗えないなら飯をうな!』と鳴り散らし、私の背を革靴の先で蹴ばしました」
「そ、それは……昔のことだろ……! 若気の至りというか、仕事で追い詰められてて……」
「そのの夕方です」
私は浩の言い訳を遮った。
「あなたがパチンコにかけた、お義母さんが台所にやってきました。私の腫れがった背に、たい湿布をそっと貼ってくれたんです。そして、私のエプロンのポケットに、この通帳と印鑑を無理やりねじ込みました。『由美さん、これはあなたの逃資よ』って」
私は通帳をに取り、胸のさに抱えた。
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「お義母さんは泣いていました。『うちの息子は、父親の悪いところだけを全部受け継いでしまった。あの子はあなたをだとっていない。具だとっている。だから由美さん、いつでも逃げられるように、私がおを貯めてあげる。これがあれば、あの男に座しなくても、子供たちを連れてアパートを借りられるからね』って」
浩の喉から、ヒュウ、と細い空気の漏れる音がした。
「あの、私ののの何かが救われたんです。……浩さん、あなたはらないでしょうけれど、というのはね、『いつでもここから逃げせる』という確信をに入れた瞬、どんな獄でもしだけ耐えられるようになるものなんです」
「な……んだと……?」
「逃げのない檻のに閉じ込められているとうから、は絶望してにたくなるんです。でも、ポケットのにいつでもの扉をけられる鍵が入っていると分かった、その檻はただの『自分の志で留まっている所』に変わるんですよ」
私は、膝をつく夫を見ろした。
「毎、記帳された万円の数字を見るたびに、私にはお義母さんの声が聞こえていました。『由美さん、しなくていいのよ』『いつでも逃げていいのよ』って。その温かい声が、私の乾ききったの底に、滴ずつを注いでくれていたんです」
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「だったら……!」
浩がを叩き、叫んだ。
「だったら、なんで逃げなかったんだよ! 俺を嘲笑いながら、ので見しながら、今までこのに居座り続けたって言うのか! 性格が悪いのはおの方じゃないか!」
「居座り続けたのではありません」
私はきっぱりと首を横に振った。
「留まったんです。お義母さんのために」
「……は?」
「このので、私をただの『便利な具』ではなく、血の通ったのとして見てくれたのは、お義母さん、たっただけでした。あなたがを棚にげて威張り散らしているも、子供たちが母親を召使いのように扱っているも、お義母さんだけは、私が夕の残りを台所の隅でってべているのを見て、『由美さん、座ってちゃんとおべ。あなたは佐藤の番の功労者なんだから』と、自分の分のお刺を私の皿に分けてくれました」
私の声が、微かにを帯びた。
「そんなお義母さんが、に認症を発症しました。夜にトイレの所が分からなくなり、自分の部を汚して泣いていた、あなたは何と言いましたか? 『汚い』『施設に放り込め』と鳴り散らして、自分の部に鍵をかけてを塞いだでしょう」
浩の顔が引きつる。
「も真奈もそうでした。おばあちゃんの部から漂う匂いに顔をしかめ、寄り付こうともしなかった。
あんなにがってもらったはずなのに、汚れた祖母をゴミのように扱った。……あの、私は悟ったんです。