"義母が遺した二十年の通帳" 第20話
……それでは、お元気で」
スーツケースの輪を転がしながら、私は玄関へと歩いた。
「由美!!」
背から浩の絶叫が響いた。
「くな! 頼むからかないでくれ! 由美ーッ!」
バタバタと追いかけてくる音が聞こえた。 だが、私が玄関のいドアをけ放ち、へ踏みす方がかった。
の澄んだ、たいが、瞬で私の頬を打ち抜いた。 空はどこまでもく、つないい青が広がっていた。
ガチャン。
私は振り返ることなく、自分ので、佐藤の玄関ドアを静かに引き寄せ、閉めた。
カチャリ、と錠が落ちる属音が、乾いた空気のにさく響いた。
、私を閉じ込めていたい檻が、完全に閉ざされた瞬だった。 元から何かが剥がれ落ちていくような、圧倒な解放が、爪先からのてっぺんまで気に駆け抜けていった。
私は度もろを振り返らず、砂利を踏みしめてをた。 スーツケースのガラガラという音が、どこか誇らしげにの宅に響いていた。
役所の窓で婚届を提し、受理証を受け取ったのは、それからのことだった。 浩のサインのない受理申も考えられたが、芳叔母さんが配してくれた弁護士が事にを打ってくれていたため、続きは驚くほど淡々と、事務にんだ。
氏名変更の続きを終え、しい民票をにした、そこには私の名が、ただだけで印刷されていた。
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『角田 由美』
ぶりに取り戻した、私の本当の名だった。
駅のホームにち、を待つ、私はコートの内ポケットにを滑り込ませた。 緑の通帳の角が、固くのひらに当たった。
「お義母さん」
ので、さく呟いた。
「私、逃げましたよ。あなたがくれたおを持って、ちゃんと、自分ので歩きしました」
の窓に映る私の顔は、ぶりに、しだけ笑っていた。
季節は巡り、の寒さがらいだヶの。
私は、神奈川県の相模湾を望む、沿いのさな町にいた。
駅から徒歩分、古い坂を登った台にある、築のアパートの。 畳のさな部だが、向きのきな窓があり、そこからはくにる青いがさく見えた。
部のにあるのは、さな製のローテーブルと、シングルベッド、そしてさな装ケースがつだけ。 も、さな蔵庫と子レンジ、気ケトルがあるきりだ。 それでも、この部の空気は、あの広くて派な佐藤の軒よりも、何千倍も澄んでいて、温かかった。
先週、芳叔母さんから届いたには、あののそのの様子がく記されていた。
私がったの佐藤は、絵に描いたような崩壊のを辿っているという。
浩は事のやり方が切分からず、毎コンビニの弁当と酒浸りの活を送っているらしい。
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洗濯物はのように溜まり、異臭に耐えかねて所から苦が入り、自治会でも完全に孤しているとのことだった。 は父親の愚痴と荒れ果てたに耐えかね、会社の寮に無理やり転がり込んだが、自炊も掃除もできず、同僚たちとトラブルを起こしているという。 真奈もまた、荒れ果てた実を嫌悪し、友達のを転々としているらしい。
あのには今、誰も掃除をしなくなった埃と、放置されたゴミのので、老いた浩がただ、え切った子レンジの弁当を啜る毎が残されているのだという。
だが、そのを読んだ、私の胸にはりも、復讐のも湧いてこなかった。 ただ、「ああ、そうなんだ」という、い異国の来事を聞くような、事のがあるだけだった。 彼らは自分たちが選んだ通りのき方をし、自分たちが蒔いた種を、自分たちので刈り取っているに過ぎない。 私のには、もうミリも関係のないたちだった。
午。
私は目覚まし計が鳴るに、自然と目を覚ました。 誰かのために無理やり起こされるのではない、自分の体が求めて目覚める朝。
ベッドから起きがり、い麻のカーテンをサッとけた。 柔らかなの朝のが、部いっぱいに注ぎ込んでくる。 窓をしけると、潮のりを微かに含んだ、甘くてたいがカーテンを優しく揺らした。