"息子の捜索地図を消す男" 第5話
彼はすぐに何かを言い返すことはしなかった。 濡れたビニール傘の先をにつけたまま、じっと私の顔を見つめている。 広の蛍灯は半分しか点いておらず、彼の彫りのい顔には濃いが落ちていた。
「そうか」
数秒の沈黙の、野寺さんは静かに息を吐いた。 その声には、失望とも同ともつかない、平坦なみがあった。
「がかりなしか。……いや、遥さんが自分を責めることはない。今で目だ。目撃証言が集まりにくくなるのは仕方がないことだよ」
彼は靴を引きずりながら、私と事務机のあいだに割って入るように歩み寄ってきた。 机の端に置かれたままのバインダーに、彼の線が瞬だけ触れる。 指先が微かにいたのを、私は見逃さなかった。
「寒かっただろう。をとめなさい。ここはえる」
野寺さんはポケットから清潔ないタオルを取りすと、私の肩にそっと掛けた。 どこかの務の名が青く印字された、使い古しのタオルだ。 の匂いと、微かな械油の匂いがした。
「のことだがね、遥さん」
彼は机のに両をつき、壁の宅図を見げた。 その背は、この町のすべてのをり尽くしている男の頼もしさに満ちていた。 だが今の私には、その背が、息子のいる所を覆い隠す巨な壁のように見えて仕方がなかった。
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「は、捜索の拠点をしへ移そうとう。県のをくぐる線のガードと、その先にある貨物ヤードの跡だ」
「……、ですか」
「ああ。あそこは昔から、子どもが秘密基を作って遊ぶような角がい。も伸び放題だし、ホームレスが寝泊まりしていた期もある。あの子が何かの拍子に入り込んで、られなくなっている能性がある」
野寺さんは元の赤いサインペンを取り、図の側に丸を描いた。
「警察にもそう言してある。の朝番で、消防団の若い連をそっちへ集させる筈だ。の川沿いは、私がもう度ひとりで確認しておくから」
「……どうして」
喉の奥から、乾いたのような言葉がこぼれ落ちた。
野寺さんのが止まった。 ペンの先が、図のい余にじわりと赤いインクを滲ませる。
「どうして、側は野寺さんおなんですか」
私は自分の鼓がの奥で激しく打ち鳴らされるのを聞いていた。 言ってはいけない。 まだ確証は何もない。 あの初学の言葉が勘違いかもしれないし、野寺さんのメモには別の理な理由があるのかもしれない。 ここで怪しまれれば、息子を探すてを完全に奪われるかもしれない。 の片隅でたい警報が鳴り響いているのに、が勝にいていた。
「勢で探した方が、見落としがないんじゃないでしょうか。
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ボランティアのたちも、まだたくさん来てくれています。分けして、旧堤の藪のや……あの古いの周りも……」
野寺さんはペンを置き、ゆっくりと私の方へ振り返った。 その表にはりも揺もなかった。 ただ、聞き分けの悪い子どもを諭すような、底れない静けさだけがあった。
「遥さん」
彼は私の目をまっすぐに見つめた。
「あそこはね、危険なんだよ」
く、よく通る声だった。
「君は越してきたばかりだかららないだろうが、あの旧堤は昭の終わりに盤沈を起こしている。表から見ればただのむらだが、元には崩れかけた古い排溝や、に隠れた鉄筋が無数に埋まっているんだ。素が勢で踏み込めば、誰かが怪をする」
「でも……」
「それに」
野寺さんは歩、いを詰めた。 彼の着ている作業着から、湿った赤の匂いがちのぼってくる。
「もし悠くんがあそこに迷い込んで、を滑らせていたとしたらどうする。勢で声を張りげて探し回り、驚いたあの子がパニックを起こしての吸い込みに落ちたら、誰が責任を取れるんだい?」
理然としていた。 元役所の課にいたの、ぐうの音もない正論だった。 この町で、害や砂崩れを防いできた男の言葉には、者を沈黙させるだけの絶対なみがあった。
「私はあそこを何も管理してきた。どこに穴があり、どこにが溜まるか、目を瞑っていても歩ける。