みかん小説
本棚

"十年前に死んでいた夫" 第6話

野駅から常磐線の普通列に乗り込んだ。 平の昼がりの内は空いていて、ボックス席の向かいには誰も座っていなかった。

むにつれて、窓の景のビル群から、やがて広な田畑と点する瓦根の集落へと変わっていった。 の初野はまだ枯れで、たいに吹かれた埃が線脇のフェンスをく染めている。

に揺られながら、私は夫の姿をしていた。 彼は決して、自分の過を語ろうとしなかった。 テレビで旅番組が流れても、故郷の話題がるとふっと目を逸らし、台所へ逃げてお茶を淹れ直した。 度だけ、私が「あなたのまれたところは、どんな町だったの?」と聞いたことがあった。

あの、彼は文机で壊れた置き計の歯をピンセットでいじっていた。 私の問いに、彼のがぴたりと止まった。 そして、顔をげずに、ただく言ったのだ。

『田んぼと、川のしかないところだよ。……もう度と、見たくもない所だ』

あの横顔の、凍りつくような暗さを、私は忘れられなかった。 それ以来、私は度と彼の過に触れなかった。 触れてはいけない傷なのだと、自分に言い聞かせていた。 だが、それは優しさなどではなく、ただ真実をるのが怖かった私の臆病さに過ぎなかったのだ。

半ほどった頃、内アナウンスが流れた。

広告

『まもなく、羽鳥。羽鳥です』

私は支度をえ、席をった。 ドアがき、プラットホームにつと、京よりも段と鋭い寒気がコートの襟元から入り込んできた。 改札をる客は、私のに老いただけだった。

改札に切符を通し、駅舎のる。 片にかれていた通り、「」の階段をりた。

には、広なロータリーがあるわけでもなかった。 舗装のひび割れた駅に、客待ちの個タクシーが台だけ止まっている。 向かいには、トタン板で覆われた古い農業用倉庫と、シャッターのりた肥料。 細い県本、まっすぐに田園帯へと伸びているだけだった。

「平成

夫のコートの裏に隠されていた片の付だ。 今から、彼は確かにこの駅のっていた。 その、彼は何歳のつもりだったのだろう。 そして、ここで何をしていたのか。

掛かりは、駅名と「」、そして塗りつぶされた「輪」という文字だけだった。 私はまず、駅で客待ちをしていたタクシーにづいた。 運転席の窓を軽く叩く。 聞を読んでいた代半ばとおぼしき運転が、驚いたように窓をろした。

「はい、どちらまで?」

「あの、すみません。乗るわけではないのですが、しお伺いしたいことがありまして」

広告

運転は怪訝そうに眉をひそめた。 京の言葉を使う見らぬ女に、あからさまな警戒を抱いたのが分かった。

なら、駅の図があるけど」

ではないんです」 私はバッグから、メモ用を取りした。 そこには、久保総病院で告げられた若者の名き留めてあった。

「このあたりに、に『佐伯孝之』さんという方はいらっしゃいませんでしたか。当半だったはずなのですが」

運転は煙の煙を吐きし、井を見げた。

「佐伯……? いやあ、この辺じゃ聞かない苗字だな。佐伯さんなんかいねえよ。だいたい、若い奴の名なんざ、親戚でもなきゃ分かりゃしねえ」

「そうですか……では、『輪』というお名には当たりはありませんか」

その瞬、運転の目がわずかにいた。 煙皿に押し付けるが、瞬だけ止まったように見えた。

輪? 輪の……誰だい」

「名は……はっきりとは分からないんです。でも、もう何に、この町にいらした方で……」

運転は私の顔をじっと値踏みするように見つめ、それからさく舌打ちをした。

「あんた、どっかの記者か? それとも保険か?」

「いえ、違います。私は……」

「悪いがね、の昔の詮索なんざ、ろくなことにならねえんだ。乗らねえなら窓閉めるよ。寒いんでね」

運転はそれ以かなかった。

パワーウィンドウが無に閉まり、背を向けられた。

たいが、元を吹き抜けていく。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: