"十年前に死んでいた夫" 第8話
着の着のままで町をてったよ。それっきりさ。……でも、あんた、本当に敬さんのりいかい? もし当のことをもっと詳しくりたいんなら、あたしなんかに聞くより、沼田の爺さんに聞いてみな」
「沼田さん……ですか?」
「そう。輪所で最まで番番をやってただよ。が燃えたも、この町に残ってね。川沿いの古い作業で、今でもで仏壇の修理なんかやってるはずだよ。駅の裏の踏切を渡って、沿いをまっすぐったところにある、青いトタン根のさ」
私は々とをげた。
「ありがとうございます。本当にお茶を買いに来ただけなのに、親切に教えていただいて」
「いいよ。でもね、奥さん」 老婦は、私がをようとした背に、ぽつりと声を投げかけた。
「あまり、あの事のことは掘り返さない方がいいよ。あの事で泣いたは、やじゃないんだからね」
教えられた通り、駅裏の踏切を渡った。 遮断の黄と黒の縞模様が、寒に晒されてカサカサと乾いた音をてていた。
踏切を越えると、アスファルトのはすぐに途切れ、砂利混じりのになった。 には量の乏しい茶い川が流れ、枯れた葦(あし)がに倒れている。 には、かつて材置きだったとおぼしき広な空きが広がり、腐りかけた丸太がうずく積まれていた。
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湿ったと、朽ちた材の匂いが漂っている。 夫の着から折していた、あの懐かしいの匂いと同じだった。
分ほど歩くと、のに、トタンの錆びた平が見えてきた。 青いペンキがめくれがり、窓ガラスには何箇所もガムテープが貼られている。 庭先にはっ端や鉋(かんな)屑が散乱し、軒に置かれた古い押しのに、に晒された材が無造作に積まれていた。
私はの斜面を慎にり、の引き戸のにった。 製の引き戸には、「沼田指物」と墨でかれた板が斜めに打ち付けられている。
臓が鐘を打っていた。 バッグのの、あの彫りの鳥が、やけにくじられた。
を決して、戸を叩いた。
「ごめんください」
返事はない。 ただ、奥の方から、シュッ、シュッ、という規則な乾いた音が聞こえていた。 を削る音だ。
「ごめんください。沼田さんはいらっしゃいませんか」
し声を張ると、削る音がぴたりと止まった。 やがて、奥の暗がりから、を引きずるようない音がづいてきた。
ガラリ、と音をてて引き戸がいた。
そこにっていたのは、油染みのついた作業着を着た、柄な老だった。 髪はく乱れ、顔の半分を覆うような分い鏡をかけている。 にはさな反り鉋(ぞりかんな)を握り、指先は真っ黒に汚れていた。
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歳は代の終わりか、にいはずだ。
「誰だね。うちはもう、注文は取ってねえよ」 老はダミ声で、吐き捨てるように言った。
「沼田さんでしょうか」
「そうだが。あんた誰だ。見たことねえ顔だな」
私は逃げしたい衝を抑え、歩、老に歩み寄った。
「突然押しかけて申し訳ありません。京から参りました、佐伯と申します。……輪所のことで、お伺いしたいことがありまして」
老の目が、分いレンズの奥で見かれた。 それから、りを帯びた険しいが灯った。
「輪? ……またあの話か。何しに来た。保険か? それとも敬が何かやらかしたのか!」
「違います! そういうことではありません!」 私は慌てて否定した。
「敬さんが……私の主が、くなったのです」
沼田老のきが、完全に凍りついた。 に持っていた反り鉋が、指先からわずかに滑り落ちそうになり、慌てて握り直される。
「……何だと?」
「に、京でくなりました。……全でした」
老はを半きにしたまま、私を穴の空くほど見つめた。 たいがのを通り抜け、元の鉋屑をカラカラと巻きげた。 い沈黙のあと、老はく、いため息をついた。
「……入れ。が入る」
作業のは、よりもさらにえ切っていた。 に置かれたさなダルマストーブのに、やかんが乗っているが、は消えていた。
壁面に、ノミや鉋、鋸(のこぎり)が然と掛けられている。 どれも季が入っていたが、刃先だけは鏡のように研ぎ澄まされ、入れのき届いていることが目で分かった。