"十年前に死んでいた夫" 第15話
どうして敬さんが、あの子の名を?」
「元引受です」 私は、沼田老の推測と、病院の記録を繋ぎわせた。
「佐伯さんがくなった、主は京でそのらせを聞いたんだといます。寄りのない佐伯さんの遺品を引き取り、そのにあった診察券をに入れた。……そして、自分自を、法に『佐伯孝之』として偽装したんです」
「何のために……?」
「輪敬を、殺すためです」
私の言葉に、部のが静まり返った。 ストーブの芯がチチ、と音をてる。
「あなたが言ったからですよ、お母様」 私はフミさんの目を真っ直ぐに見つめた。 「『度と面を見せるな』『ぬまで私たちのに現れるな』と。主は、その言葉を文字通り受け止めたんです。輪敬というがこの世にきている限り、あなたにとって、娘さんを傷つけた犯がどこかで息をしていることになる。だから、自分というを、社会から完全に消しりたかった。戸籍を捨て、名を捨て、んだ若者のに隠れて、ただを送るだけの械になろうとしたんです」
フミさんは唇を噛み締め、両で顔を覆った。 指の隙から、の涙が零れ落ちる。
「馬鹿だよ……」 フミさんの嗚咽が、暗い部に漏れた。 「あいつは、本当に馬鹿だよ……」
「お母様」 私はちがり、仏壇のに歩み寄った。 線のりの向こうに、あの笑顔の女がいる。
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「志保さんは……今、どちらの施設にいらっしゃるのですか。お参りをさせていただけないでしょうか。主がくなったこと、そして……主がずっと、申し訳なくっていたことを、お伝えしたいのです」
私の言葉に、フミさんの肩がぴくりとねた。 顔を覆っていたが、ゆっくりとろされる。
その顔を見た、私は息を呑んだ。 フミさんの瞳には、涙の奥に、言葉では言い表せないほどの、途方もない空虚が広がっていた。
「……志保かい?」 フミさんの声は、信じられないほど乾いていた。
「はい」
フミさんは、々しく首を振った。 そして、仏壇の央、女の写真のすぐろに置かれていた、さな箱を指差した。 い布で包まれた、のひらよりもしきな角形の箱。
「志保は……そこにいるよ」
私の考が、瞬、止した。
「え……?」
「んだんだよ」 フミさんは、吐き捨てるように言った。 「もう、もにね」
「……?」
「ああ。平成の、だよ。先だった。気管切した喉から肺炎を起こしてね。ががらないまま、施設のエレベーターので、あたしのを握って逝っちまったよ。だった」
ドクン、と臓が嫌な音をてた。
平成。 それは……佐伯孝之が交通事故でする、わずかヶのことだった。
「じゃあ……」 私の声が震えた。 「じゃあ、この現留は……? 志保さんがくなったも、ずっと送られてきていたんですか?」
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「そうだよ」 フミさんは、段ボール箱のの封筒のを見つめた。 その目には、い、い悔のが滲んでいた。
「あたしはね、敬さんにらせなかったんだよ。志保がんだことを」
「どうして……どうしてですか!」 私はわず、声を荒らげていた。
「怖かったんだよ!」 フミさんが叫んだ。 老いた胸をかきむしるようにして、涙を流しながら叫んだ。
「志保がんじまったら、あたしには何も残らなかった! 夫もいない、子供もいない、親戚もいない! このの脇で、誰にも取られずに野垂れぬだけだった! ……でもね、毎に届くこの封筒だけが、あたしがきている証拠だったんだよ! あの男が、あたしを憎みながら、恐れながら、を送ってくる! その憎しみと罪の識だけが、あたしとこの世を繋ぎ止めていたんだよ!」
フミさんは畳に拳を叩きつけた。
「あたしが『志保はんだ』って言でもらせてみろ! あの男はを送るのをやめただろう! そしたら、あたしは完全にぼっちになっちまう! だから、黙ってたんだ! 志保がきてるふりをして、毎毎、届いたを貯め込んで……使えもしない札束を眺めながら、あの男のを縛り続けていたんだよ!」
崩れ落ちるように泣き伏すフミさんの背を見つめながら、私はち尽くしていた。
なんという、残酷な真実だろう。
夫はらなかったのだ。 彼が涯をかけて償おうとした相は、もに、この世をっていたのだ。