"十年前に死んでいた夫" 第17話
机のには、い布に包まれた骨壺。 その横には、茶渋のついた美濃焼の湯呑み。 壁に掛けられたチャコールグレーの着は、裾の裏を切り裂かれたまま、力なく垂れがっていた。
私は靴を脱ぎ、畳のに崩れ落ちるように座り込んだ。 骨壺のにをつき、額を畳に擦り付ける。
「帰ったわよ……敬さん」
初めて声にして呼んだその名は、部の壁に吸い込まれ、何の反響も返さなかった。 ただ、胸の奥がきゅっと締め付けられ、い涙が畳に落ちた。
そのの午、事態はきした。 予期していたとはいえ、その訪れはあまりにも唐突だった。
玄関のブザーが、鋭く度鳴った。
ドアスコープを覗くと、紺のスーツを着た男性と、トレンチコートを着た柄な男がっていた。 は、久保総病院の医事課、平野さんだった。 もうは、引き締まった顔つきで帳を握りしめている。
私は息をえ、チェーンをしてドアをけた。
「佐伯久恵さんですね」 トレンチコートの男が、胸元から警察帳を提示した。 「警庁戸塚警察署の活全課、警部補のと申します。……久保総病院の平野課から通報がありまして、々お話を伺いに参りました」
平野課は、申し訳なさそうに線を落としながら、さく会釈した。 「奥様、昨は失礼いたしました。
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しかし、病院の管理責任、したはずの物の診察券がにわたって使用されていた事案を、そのままにしておくわけにはいかず……警察に相談せざるを得ませんでした」
「分かっています」 私は静かに言った。 「どうぞ、おがりください。狭い部ですが」
は靴を脱ぎ、畳の部へがった。 警部補の鋭い線が、部のを瞬で検分した。 文机のの骨壺、茶封筒の散らばった畳、壁のすり切れた着、そして部の隅に積まれた、計の修理用具の数々。 そこには、贅沢品のかけらもなかった。 の名義を騙って甘い汁を吸っていたの活空ではないことなど、百戦錬磨の警察官なら目で分かったはずだ。
は座布団も敷かれていない畳のに正座した。 警部補が帳をき、ペンをらせる。
「佐伯さん……いえ、あなたのお名も確認させていただく必がありますが、まず、こちらにあるご遺骨についてです。に自宅でくなり、葬された男性の本当のお名は、何とおっしゃるのですか」
「輪敬です」 私は淀みなく答えた。 「茨県の羽鳥という町のです。昭まれ、くなったは歳でした」
警部補と平野課が、顔を見わせた。 「輪……。佐伯孝之ではないのですね」
「ええ。佐伯孝之という方は、かつて主が実で営んでいた所で、み込みで働いていた若い職さんでした。
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、京で事故に遭ってくなった方です」
平野課がを乗りした。 「では、奥様。ご主は、そのくなった佐伯様の元を偽装し、当院の診察券を正に入して、受診を続けていたということですね? これは、国民健康保険制度を欺く詐欺罪、ならびに印私文偽造・同使に該当する能性があります」
「違います」 私の声は、く、しかし凛としていた。
私はちがり、押し入れからつの埃をかぶった菓子缶を持ってきた。 フタをけ、に入っていた分い類の束を、ドン、と机のに置いた。
「これを見てください」
平野課が眉をひそめ、束の番のをに取った。 それは、久保総病院の夜窓が発した、過、数枚に及ぶ領収の束だった。
「これは……」
「主は、久保総病院の夜窓で、度だって保険証を提示したことはありません」 私は平野課の目を真っ直ぐに見つめた。 「すべて『自費』、割負担です。回の受診で、万円から万円。邪の薬と気管支拡張剤をもらうためだけに、主は毎回、全額を現で支払っていました。健康保険組に円の請求もっていません。病院に対しても、政に対しても、主は銭な被害など何つ与えていません」
平野課は絶句し、領収をめくる指を止めた。
付、額、そして「自費受診・全額領収」