"退職金と三百万円の借金" 第2話
『従業員福祉緊急貸付 借用証』
借用証。
その奇妙な文字列を目にした瞬、私の線は自然と固まった。何かの冗談か、あるいは別の同姓同名の社員の類が紛れ込んだのかとった。
しかし、そのに続く項目に目を落とした瞬、臓がトクンと嫌な音をてた。
【借入氏名】 林 静枝 【所属部署】 業務本部 物流管理課(当) 【借入額】 参百萬円也(¥3,000,000-) 【借入期】 平成 【返済期】 退職括相殺、または指定期までの分納
「……これは、何ですか?」
私はわず顔をげ、浦部を見つめた。声がわずかに掠れていた。
「何ですか、とおっしゃられても困るんだが……見ての通り、林さんが、会社から借り入れたとされる福祉貸付の借用だよ」
浦部は慎に言葉を選びながら、メガネのブリッジを指で押しげた。
「品では、社員に冠婚葬祭や突発な事故、病気などによるな経済困窮が発した、審査を経て無利息または利で活資を貸し付ける特別制度がある。この制度自体は今もあるが、当はまだの伝票で管理されていた。……林さん、この百万円について、何か覚えていることはないかい?」
「覚えているも何も……」
私は喉の奥がカラカラに乾いていくのをじながら、首を横に振った。
「私、会社からおをお借りしたことなんて、度もありません。
広告
宅ローンもとっくに完済していましたし、借なんて、で度だってしたことがありません」
「しかしね」
浦部はため息交じりに指を伸ばし、類のを指し示した。
「ここを見てほしい」
そこには、枠線のにきされた『林静枝』という私の署名があった。
しがりの、丸みを帯びた跡。ボールペンのインクの溜まり具まで、私が普段類にサインするときの癖に気の悪いほど酷似していた。そしてその隣には、朱肉で押された鮮な印があった。
林、という古印体の認印。
私が品に入社した際、総務に印鑑登録し、普段の業務で稟議や検品伝票に押し続けてきた、あの柘植の認印そのものだった。
「署名も林さんのものに見える。印鑑の照も取れている。当の担当役員の決裁印も押されているんだ。……これが未清算のまま、の、古い貸付台帳の休眠フォルダに残っていた」
「そんなはずはありません!」
私はわずを乗りし、机に両をついた。
「私はこんなもの、いた覚えがありません! 百万円なんて、もし借りていたら返済の義務があることくらい、私が番よくわかっています。現に、この、度だって引きも請求もされたことがないじゃないですか!」
「そこなんだよ」
浦部は困惑と焦燥の入り混じった顔で、眉を指で揉んだ。
広告
「この借用の返済条項には、『退職支の括相殺』という特約が付記されている。つまり、退職するそのまで返済を猶予するという異例の処理がなされていたんだ。しかも、この貸付が実された翌に、うちの会社は親会社の持ち株比率が変わって基幹システムを刷しただろう? その際のからデータへの移漏れで、この借用だけが帳簿の奥に眠ってしまっていた。今回、君の退職を最終精算するために過の全履歴を突した監査部が、これを引っ張りしてきたんだ」
部の調は静だったが、その奥にある事務な徹さが、私の肌を突き刺した。
「林さん。会社としては、この類がし、印鑑も致している以、放置するわけにはいかないんだ。会社の規定に基づき、この未払百万円、および規定の遅延損害に相当する調分を、本来支されるはずの退職千百万円から差し引かせていただくことになる」
「退職から……差し引く?」
を鈍器で殴られたような衝撃だった。
、邪のも、のも、膝の痛みに耐えながら休まず通い詰めた。夫をくし、誰もいない暗いに帰るのが怖くて、残業を自ら引き受けてまで会社のために尽くしてきた。
その最の最、定を迎えたそのに、に覚えのない借を突きつけられ、退職から百万円を巻きげられるというのか。