"退職金と三百万円の借金" 第10話
「今のシフトは何まで?」
「……午、までです」
「定でがりなさい。半、駅の古い喫茶……男さんがあなたをよく連れてった、あの純喫茶にいて。いいわね」
佐野は元を引き結び、さく頷いた。
度自宅へ戻った私は、喪失とりで震えるを押さえつけながら、仏の押し入れの奥へ向かった。
袋の奥くにしまってあった、埃をかぶったプラスチックの装ケース。そこには、の男の遺品のうち、どうしても捨てられずに取っておいた仕事関係の類が眠っていた。
男は、恐ろしいほど几帳面な物流マンだった。
毎の入庫数、トラックの配トラブル、現の気温、部の体調や勤怠の様子まで、会社から支される黒革の業務誌とは別に、自腹で買った文庫本サイズのスケジュール帳に、細かな文字でびっしりとき残す癖があった。
『平成』と背表に油性ペンでかれた、黒い帳。
私は畳のに座り込み、たい指先でのページをめくった。
ページを繰るごとに、のの空気が々しく蘇る。
。米の佐野、フォークリフトの荷崩れ未遂。指導だが筋は悪くない。 。都送の配遅延。川部(当)に報告、運ルート見直し。 。腰痛し。静枝が湿布を買ってくれた。
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何気ない常の記録。私の名を見つけるたびに、胸の奥がきりきりと痛んだ。
そして、、曜。
文字の圧が、そこから急激に乱れていた。
『(夜勤) 型台接に伴い、蔵・凍全棟の非常源待。 夜シフト:俺、佐野。 分、圧アラームあり。 佐野にC棟の予備源ブレーカーの確認を指示。』
次のページ、。
付の欄は、青いインクではなく、擦れた鉛で、殴りきのように記されていた。
『最悪の事態。 午、C棟庫内温度、プラス度まで急昇を確認。 佐野が操作盤のメインスイッチを「遮断」に誤投入していた。 保管の級凍帆、アラスカ産ズワイガニ、約千ケースが完全解凍。異臭発。 損害見込額、数百万円規模。 荷主への納品期限、朝。隠蔽は能。 佐野は過呼吸でパニック。 朝番で川部に連絡を入れる。俺の責任だ。俺が全部被るしかない。』
帳を握る私の指先が、く張った。
鉛の文字は、そこで途絶えていた。
は、。
そして――。
『川部と緊急面談。 都送の倉庫へ代替品の確保を請。 会社に事故を正式報告すれば、佐野は発で懲戒解雇、元引受への損害賠償請求は免れない。農の両親に迷惑はかけられないと佐野が泣く。 どうにかする。
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俺がなんとかする。 胸が痛い。息が苦しい。だが今は休めない。』
それが、夫の遺した、この世で最の言葉だった。
その夜の夜、男は物流センターの仮眠のベッドから転落し、たくなっているところを発見されたのだ。
「男さん……」
私は帳を胸に抱きしめ、畳に突っ伏した。
涙はなかった。あまりの真実に、喉の奥が引き絞られ、呼吸が浅く乱れた。
夫は、突然の病で運悪く倒れたのではなかった。
輩のな過失をで背負い込み、会社と請けのを駆けずり回り、自責のとプレッシャーので、臓が鳴をげるまで自分を追い詰めていたのだ。
そして、その事故の損失額が、まさに『百万円』だった。
だが、点と点はまだ完全には繋がっていなかった。
なぜ、佐野の起こした事故の穴埋めが、夫の、喪主として葬にいた私の『従業員福祉貸付』に化けなければならなかったのか。
夕方半。
駅の裏にある純喫茶の扉をけると、カウベルがく鳴った。
昭の面を残す暗い内には、甘ったるいコーヒーのりとタバコのヤニの匂いが染み付いていた。奥のボックス席に、ジャンパーを着た佐野がさくなって座っていた。目のに置かれたアイスコーヒーのグラスは、氷がすっかり溶けて汗をかいている。
私が対面の革張りシートに腰をろすと、佐野はびくりと肩を震わせ、浅くをげた。
「……林さん」
私は何も言わず、バッグから取りした男の黒い帳を、テーブルの央に置いた。