"退職金と三百万円の借金" 第15話
「男君はね、静枝さん。ただの夜勤主任じゃなかった。現の責任者だったんだ。もしあの、百万円の貨物事故が正規のルートで事故報告としてがっていればどうなっていたとう? 佐野の懲戒解雇はもちろんのこと、男君もまた、監督責任を厳しく追及され、懲戒処分の対象になっていた」
川常務はを乗りし、机を指先でく叩いた。
「その査問の渦で、男君が臓発作で倒れたらどうなる? 会社は過労働など認めない。自己の過失による因性の発作として処理し、懲戒の対象者として、遺族特別弔慰の千百万円も、割増退職も、すべてを支にしたはずだ!」
「……っ!」
「当の男君の座には、貯なんてほとんど残っていなかったはずだ。君たち夫婦は、実の親御さんの介護費用で貯蓄を切り崩していたからね。……もし千百万円の弔慰が消え、男君が『会社の備品を損壊させた懲戒対象者』として葬られたら、残された君は体どうやってきていくつもりだったんだ!?」
川常務の喉仏が激しくした。
「佐野にはの面などできない。私自も、直で役員昇の内示を受けていた。もし私の管理で億単位の事故隠蔽と損害がたと公になれば、昇はおろか、現の責任者全員が連れだった。
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……都送への支払い期は、告別式のだったんだ。あのの朝、百万円を用できなければ、都送の社は本社役員会にすべてをぶちまけると息巻いていた!」
「だから……」
私の声がかすかに震えた。
「だから、私の印鑑を使ったのですか」
「そうだ!」
川常務は、叫ぶように言い放った。
「正規の稟議など通せるはずがない。だが、従業員福祉貸付なら、課と部の決裁印だけで即実できた。勤続以の社員であれば、百万円までの無担保貸付枠があったんだ。君にはその資格があった。君の名でを引っ張りし、都送のを塞ぎ、事故の記録をこの世から消しる。そうすれば、男君は『定まで誠実に勤めげ、病に倒れた模範社員』として見送られ、君の元には満額の千百万円の弔慰が残る!」
常務の胸元が激しく波打っていた。
「私はね、静枝さん。自分の昇のためだけにやったんじゃない! 男君の誇りを守り、佐野の将来を救い、そして何より、残された君がに迷わないようにするために……をかぶったんだよ!」
それが、、このが胸の奥に秘め続けてきた「真実」だった。
悪など、どこにもなかった。 私腹を肥やすための着でも、誰かを陥れるための罠でもなかった。
そこにあったのは、組織の酷な制度から仲を守るための、歪で、独善な「善」
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だったのだ。
「……では、なぜ」
静まり返った部で、私は掠れる声を振り絞った。
「なぜ、その借を放置したのですか。なぜ、私の退職のに、こんな形で突きつけられることになったのですか」
川常務は、顔を覆うようにして線を落とした。
「……返すつもりだった」
絞りすような、々しい声だった。
「佐野の基本を毎の考課でしずつ底げし、私の役員報酬の特別当とわせて、、かけて裏から貸付勘定に補填する計画だった。当の経理課も私の息のかかった男だったから、帳簿の帳尻はわせられるはずだったんだ。……だが、誤算がなった」
翌、品は規模な資本再編をい、親会社主導で経理システムが完全に子化された。その混乱ので、事をっていた当の経理課が脳梗塞で急してしまったのだという。
「古いの貸付原票は、誰にも引き継がれることなく、経理の庫の『休眠債権ファイル』のに埋もれてしまった。私も佐野も……けない話だが、が経つにつれて、あの類はとっくに過の決算の雑損失として処理され、消えてなくなったものとい込んでいたんだ。……まさか、君の退職監査で、算システムの霊のように引っ張りされてくるなど、にもわなかった」
川常務の肩が、さくすぼまった。
堂々としていた企業の役員の姿はそこにはなく、の過ちの残骸をにち尽くす、老いたの男の姿があるだけだった。