"婚姻届の帰り道、残高は1億円だった" 第13話
「反対したわよ、そりゃあ。でもね、み咲、あんたから孝介さんの話を聞いて、蔵の様子をこっそり調べさせてもらったの。そしたら分かっちゃった。あのがどれだけあんたを事にしてるか。亜子、あんたが自分で選んだ男でしょ。だったら今度は私が守る番。そう決めたの、親友としてね」
その言葉に私はわず涙がこぼれた。反対も配も、全部私をってのことだったのだ。 亜子はちがると、孝介さんに向き直り、まっすぐにを差しした。 「瀬さん、み咲の事な親友です。この子を泣かせたら、次は私があなたを訴えますから」 孝介さんは瞬キョトンとした、そのをぎこちなく握り返した。 「肝に銘じる」 その器用なやり取りに、私はわず吹きしてしまった。張り詰めていた空気がふっと柔らかくなった瞬だった。
方、玄関先で玲子はまだそのをけずにいた。先ほど彼女は私と孝介さんを鋭く睨んだ。その目に渦巻いていたのは、屈辱と拭いきれない疑だった。あの潰れかけた蔵の男が、5,000万を即で返した。この資は体どこからているのか――答えのないその問いを、玲子は濁ったように胸に抱え、蔵をっていった。
穏やかだった々に暗いが差し始めたのは、そののがづく頃だった。きっかけは1つの噂だった。
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「瀬の蔵のは汚染されている」 そんな悪評が、いつのにか酒の業界に、そして元の集落にまで静かに広がり始めたのだ。
根も葉もないたらめだった。あの湧は源郎が命に代えても守れと言い残した清らかなだ。それが汚染されているなどあるはずがない。けれど噂の広まりはかった。蔵への酒の注文は目に見えて減っていく。付きいのあった酒の主までもが、「噂が収まるまでは」と取引を控えるようになった。
ある、20来の付きいだという酒の主がわざわざで詫びに来た。 「瀬さん、本当に申し訳ない。あんたの酒が品なのは私が番よくってる。だが『汚染だ』と騒がれちゃあ、に置いておくわけにはいかんのだ」 主は々とをげた。 孝介さんはそのを取り、静かに言った。 「をげてください。あんたが謝ることじゃない。いい酒を作り続ける。それだけが俺の返事です」
その背はしも取り乱していなかった。けれど閉じられていく取引の数字がじわじわと蔵を追い詰めているのは、私にも痛いほど分かった。蔵たちの表にものがにじみ始めた。 「奥さん、この噂、どうも誰かが図に流しているようです」 井さんが苦い顔でそう言った。
私にもない言葉が向けられた。
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集落の寄りいで顔をわせた女性たちが、私に聞こえるようにささやくのだ。 「あの嫁さん、が汚染された蔵によく平気でんでいられるわね……」
真実を私はっている。このの清らかさも、夫の作る酒の確かさも。けれどそれをかに叫んだところで誰も信じてはくれないだろう。もどかしさが胸に募った。
ある夜、私は孝介さんに尋ねた。 「この噂、体誰が……?」 孝介さんはしばらく黙った、い声で言った。 「おそらく、鷲尾だ」 「鷲尾って……?」 「ああ、俺の古巣だ」 彼はぽつりぽつりと語り始めた。 「鷲尾、『商』、今のあの会社の社だ。俺があの会社にいた頃、あいつは製造部のナンバー2だった。腕は確かにあった。あいつも最初からあんな男じゃなかった。抱えた社員とを回すには数を売るしかない。そうい詰めるうちに、いつからか作りをごまかすこともいとわなくなった。それで俺とあいつは何度もぶつかった。俺があの会社をびした理由の1つでもある」 孝介さんはい目をした。 「あいつはその、社にまで登り詰めた。そして今もこのの盤を喉からがるほど欲しがっている」 孝介さんはい目をした。 「昔、あいつが言ったことがある。『客はラベルと値段しか見ちゃいない。なんぞいくらでもごまかしが効く』と。俺にはその言がどうしても許せなかった。
をかけた分だけ、作りは正直に答える」
それが孝介さんのき方だった。その正反対の所につのが、鷲尾という男だった。