"恩人弁護士の不可解な書類" 第9話
榎本先にとって、梨郁恵という女性は、絶対に救わなければならないだった。 証拠がなく、払いをらいそうになっていた彼女を救うために、何としても藤堂の正のパターンを証する材料が必だった。
そこに、現れたのが私だった。
の画で絶望し、事務所の扉を叩いた私。 私が涙ながらに語った「印鑑はあんたがで押したんだ」という藤堂の脅迫の言葉は、榎本先にとって、喉からがるほど欲しかった最のピースだったのではないか。
だから、彼は私の依頼を無料で引き受けたのか。 私の佐伯に対する勝利は、梨さんの裁判を利にめるための、ただのがかりに過ぎなかったのか。
胸が張り裂けそうだった。 佐伯に勝ったあのの青空が、急速に褪せていく。 あの、榎本先が向けてくれた優しい笑顔の裏に、どれほどの打算があったのか。
私は駅へ戻るすがら、携帯話を取りした。 指先がたく震えていたが、迷いはなかった。 逃げるわけにはいかない。 本に、直接聞くしかない。
私は榎本法律事務所の番号をダイヤルした。
コール音が回鳴り、聞き慣れた落ち着いた声が返ってきた。
『はい、榎本法律事務所です』
「……榎本先。矢野です」
『ああ、矢野さん。どうされましたか? 何かトラブルでもありましたか?』
その声には、しの淀みも、警戒のもなかった。
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いつもの、誠実で温かい弁護士の声だった。
「いえ、そうではありません。し、先にご相談したいことがありまして。あと、以のお礼もきちんとお渡しできていなかったので……今から、しだけおをいただけないでしょうか」
話の向こうで、榎本が帳をめくる気配がした。
『ええ、丈夫ですよ。今なら事務所におります。気をつけて来てください』
話を切り、私は神保町へと向かった。 駅の菓子に入り、千円ほどの焼き菓子の詰めわせをつ買った。 「お礼」という実を作るための、しい具だった。
の午の差しが、古びた雑居ビルの壁を斜めに照らしていた。 階段を段ずつがる取りは、鉛のようにかった。
アルミサッシのドアをけると、控えめなベルが鳴った。
「いらっしゃい、矢野さん。寒かったでしょう」
デスクからちがった榎本は、ヶと何つ変わらない姿だった。 腕捲りしたシャツに、緩めたネクタイ。 机のには相変わらず分い法律が積まれ、古いの匂いが漂っている。
「どうぞ、そこへ掛けてください。今、お茶を淹れますから」
榎本は湯スペースへと向かい、気ケトルのスイッチを入れた。 私はパイプ子に腰をろし、持参した菓子の包みをテーブルの端に置いた。
デスクの脇に、未理のファイルが数冊、無造作に平積みされていた。
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その番にあるファイルの背表に、きのラベルが貼られているのが見えた。
『〇〇商事/藤堂康則 当解雇・損害賠償請求事件』
そのファイルのから、見覚えのあるいがしだけ覗いていた。 佐伯との調の際、私が提したの遅延証と、私の陳述メモのコピーだった。 つの事件の類が、同じデスクので、何のためらいもなくねわされていた。
ケトルがお湯を沸かす、シューというい音が内に満ちていた。 榎本が湯呑みにティーバッグを入れ、湯を注ぐ背が見える。 その無防備な背を見つめているうちに、私のので、何かが静かに張り詰めていった。
もう、回しな世話をする余裕はなかった。
榎本がお茶を運んで戻ってきた。 湯気のつ湯呑みが、私のに置かれる。
「どうぞ。、がたかったでしょう。アルバイトの方は順調ですか?」
榎本は穏やかな笑みを浮かべ、自分の席に腰をろした。
私は、息を吸い込んだ。 バッグのから、今朝、裁の閲覧でき写したメモと、由里からもらった準備面のコピーを取りした。 丁寧につ折りにされていたそれを、テーブルのに広げる。
榎本の線が、そののに落ちた。 彼の表から、ほんのわずかに、しかし確実に笑みが消えた。
私は第ページの第項を、差し指でトントンと叩いた。