"何番まで落ちたら離婚するの" 第16話
そのだった。
「……う」
さな、掠れた音が、翔太の喉から漏れた。 息子の細いが、私ののひらので、ピクンとねた。
「う……うあ……っ」
翔太の顔が、くしゃりと歪んだ。 これまで見たことのない、まるで赤ん坊のような、無防備で激しい崩れ方だった。 瞳から、粒の涙が滝のように溢れし、い頬を濡らしていく。
「お父さん……っ、お母さん……っ!」
翔太は子から転がり落ちるようにして、私の胸にび込んできた。 そして、がついたように泣き叫び始めた。
「こわかった……っ! 僕、すごく、こわかったよぉ……っ! 僕が失敗したら、おがなくなっちゃうって……僕のせいで、がバラバラになっちゃうって……ずっと、ずっとこわかった……っ!」
その泣き声は、ファミレスで見せた徹なのものではなかった。 配点を逆算し、親を観察していた計算い策士のものでもなかった。 ただの、暗ので怯え切っていた、歳の子供の鳴だった。
雅もまた、子から滑り落ちるようにしてに膝をつき、私と翔太を、そのきな腕で側から丸ごと抱きしめた。 「ごめんな。翔太、本当にごめん……もういい、もういいんだよ……」
の男の嗚咽と、子供の泣き叫ぶ声と、私のすすり泣きが、リビングの井に溶けっていった。 エアコンのが、静かにカーテンを揺らしていた。 テーブルのでは、張りわされていたセロハンテープの婚届が、蛍灯のを浴びて、ただ静かに横たわっていた。
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*
奇跡のような解を経て、元通りの仲睦まじい夫婦に戻る――などという結末は、私たちのには用されていなかった。 現実のは、そんなに都のいいドラマのようにはできていない。
あの夜から、週。 私たちは、リビングのテーブルで再び向かいった。 今度は翔太のいない、きりの平の昼だった。
テーブルのには、真しい『婚届』が枚、置かれていた。 区役所の戸籍係から、私がしくもらってきたものだ。
「……本当に、いいんだな」 雅が、ペンを握ったまま私に尋ねた。 その声には、かつてのような淡さや棘はなかった。ただ、のとしての、静かな痛切さと誠実さだけが宿っていた。
「ええ」 私は迷わずに頷いた。 「私たちはね、雅。やり直すために努力する段階を、もう通り過ぎてしまったのよ。あのまま無理に『子供のために』って仮面夫婦を続けたら……今度こそ、翔太は本当に壊れてしまうわ」
「そうだな」 雅は静かに息を吐き、自分の欄に、と同じ几帳面な跡で署名をした。 そして、朱肉をつけ、印鑑を押した。
「養育費のことは、弁護士を入れずに公正証にしよう。おたちが活に困らないよう、できる限りのことはする。翔太の塾代も、学の学費も、俺がすべてす」 「ありがとう。でも、私もしっかり働くわ。翔太の学受験が終わったら、すぐにでもフルタイムの仕事を探すつもりよ」
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「無理はするなよ」 雅はちがり、壁際に置かれていた型のスーツケースの取っを握った。
荷物は、それだけだった。 雅は昨までに、自分の私物のほとんどを、しく借りた駅の単者向けアパートへと運びしていた。 結婚して。 の活の終わりは、驚くほど静かで、拍子抜けするほど淡々としていた。
玄関で靴を履く雅の背に、私は声をかけた。 「雅」 夫が振り返る。 「曜、翔太と約束したんでしょう? バッティングセンターにくって」 雅は瞬、驚いたように目を見張り、それから、本当に何かぶりに、柔らかく、はにかむように笑った。 「ああ。あいつ、バットの握り方も忘れてるかもしれないからな。……ってくるよ、綾子」 「ええ、気をつけて」
カチャリ、とドアが閉まる。 になった玄関に、私はくをげた。 憎の果てに残ったのは、憎しみではなく、ただ、つのい季節を共に終えた者同士の、静かな労いだけだった。
*
季節は巡り、翌の初。
窓のでは、くなった青空を鰯が静かに流れていた。 リビングには、よいがレースのカーテンを膨らませて吹き抜けていく。
私はダイニングの子に座り、パート先から持ち帰った類に目を通していた。 から、所の図館で図理のパートを始めている。