"父の逝った夜の車" 第4話
母はビニール袋を抱え、再び玄関へ向かった。 私は無識に、廊の窓のレースカーテンをしだけめくって、を見た。
ののには灯がなく、漆黒のが広がっていた。 が面のをねげている。
その暗のに、台のがまっていた。 ヘッドライトは消されていた。 スモールランプすら点いていない。 けれど、のエンジンだけは切られず、っぽい排気ガスがマフラーからの夜気のにボコボコと吐きされていた。
に濡れて鈍くる、角張ったボンネット。 い緑に塗られた、し背のい軽のワンボックスカー。 助席のドアには、に打たれながらもく掠れた文字が浮かびがっていた。
『澤渡属加』
伯父の会社の社用だった。
ワイパーが規則にくフロントガラスの向こう側、運転席の暗がりに、がじっと座っていた。 灯の届かない内で、タバコの先端だけが、赤くさくっていた。
母は玄関をると、傘も差さずにのをり、その緑のの助席にび乗った。 ドアがバタンと閉まると同に、はライトを点けないまま、ゆっくりとバックしてのへ消えていった。
その数、夜がみ始めた頃に、警察がやってきた。
父の乗った軽トラックが、越えの峠のガードレールを突き破り、メートルの底に転落しているのが発見された、というらせだった。
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即だったという。
そして、そのの朝、母は伯父に付き添われて、やつれきった顔で警察から戻ってきた。 伯父は兄と姉、そして私ので、目を真っ赤にして畳に両をついた。
「すまない、俺のせいだ……正彦兄さんに、あんな……」
伯父は泣き崩れていた。 母は何も言わず、ただ虚ろな目で警察の類に判を押していた。
幼かった私は、その景をただ呆然と見ていることしかできなかった。 昨夜、母がまみれで戻ってきたことも。 にまっていたが伯父のものだったことも。 「何も喋っちゃダメ」と言われた母の言葉が呪いのようににこびりつき、私は誰にも、兄にも姉にも、そのことを話せなかった。
いつしか、その記憶はの最もい所へと沈んでいった。 あまりの恐怖に、私の脳が自ら鍵をかけて、忘れようとしていたのかもしれない。 ただ、その記憶の澱だけが残り、「伯父=得体のれない恐怖の対象」として、私の体に刻み込まれていたのだ。
*
「……はぁ、はぁっ……」
トイレの洗いの鏡に映る自分の顔は、のあの夜の母と同じように、血の気が引いて青ざめていた。 の蛇を捻り、たいで何度も顔を洗った。
が腔に入り、ツンとした痛みがる。 その痛みで、ようやく考が現実へと引き戻された。
あの夜、公式の発表では、父は「私用でを運転、台による界良と面凍結にいスリップによって底へ転落した単独事故」
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として処理されたはずだ。 警察の調べでも、との接触痕はなく、事件性はないと結論づけられた。
だが、それならなぜ、母は夜に、まみれになってまで通帳や保険証券を回収しに戻ってきたのか? なぜ、母の首には擦り傷があり、が引き裂かれそうになっていたのか? そしてなぜ、伯父はあんな夜、ライトを消したで母をまで送り、自分は歩も敷に入らず、のに潜むようにして待っていたのか?
――事故が起きた現に、伯父もいたのではないか?
もしそうなら。 なぜ伯父は、自分がそのにいたことを警察に言わなかったのか。 なぜ母と伯父は、共謀するようにしてその事実を隠し、子供たちにさえ秘密にしたのか。
「千鶴? おい、丈夫か?」
個のドアを軽く叩く音がした。兄の声だった。
「……うん、丈夫。今、る」
私はペーパータオルで乱暴に顔を拭き、鏡のの自分に向かってつ呼吸をした。 震えるで鍵をけると、腕を組んだ兄が配そうに、し気まずそうな顔でっていた。
「悪かったな、さっきは。美咲も言い過ぎたって気にしてるよ」
「……ううん。私のほうこそ、変な態度取ってごめん」
「お、貧血か? 最仕事忙しいのか」
「ちょっと、寝だっただけ」
廊をで並んで歩きながら、私は努めて平静を装い、何気ない調を装って兄に尋ねた。