"父の逝った夜の車" 第23話
「おじさん、がって! もう準備できたわよ」
台所から美咲が顔をし、エプロンでを拭きながら声をかけた。
玄関のがり框に、伯父がっていた。 病院をてからし肉のついた、けれどまだ細い体に、健がプレゼントしたしい紺のカーディガンを羽織っている。 伯父は居の引き戸の隙からを覗き込み、居悪そうにポリポリとを掻いた。
「いやあ……俺なんかが、こんな座に座っちゃ悪いよ。台所の隅で、お茶でもすすってるよ」
昔からの癖だった。 のにがり込むことを極度に恐れ、常に末席に、誰の邪魔にもならない所にを縮めていようとする。、自らを「罪」として扱い続けてきた男の、染み付いた習性だった。
兄が庭から戻ってきて、縁側に腰をろしながら笑った。
「何言ってんだよ、おじさん。今はおじさんの退院と、引っ越し祝いなんだから。真んに座ってくれなきゃ始まらないだろ」
「そうですよ、おじさん。ほら、く」
美咲も笑顔で促す。 けれど、伯父はまだ戸惑ったように、畳の縁を踏まないようにしながら、部の隅の壁際にさく座ろうとした。
私はちがった。
茜の夕が斜めに差し込む畳のを歩き、座卓の正面――部の真ん、番通しがよく、庭の々がよく見える席へと向かった。
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そこには、父が好んで使っていた、背もたれのい頑丈な座子が置かれていた。 製の太いフレームで作られた、どっしりとした子だった。
私は両を伸ばし、その子の背もたれをしっかりと握った。 そして、畳を擦るようにして、ゆっくりとろへ引いた。
「ススッ……」
静かで、滑らかな音が、夕暮れの茶のにさく響いた。
居酒のを擦った、あの障りで暴力な音とは、まるで違う音だった。 誰も傷つけず、誰も拒絶しない、温かく迎え入れるための音。
伯父が、ハッとして顔をげた。 私と、私が引いた座子を、見つめている。
私は真っ直ぐに伯父の目を見つめた。 歳のあの夜から、ずっと胸の奥底で凍りついていた恐怖は、もうどこにもなかった。 あるのはただ、このが命を削って私たちに残してくれた、途方もない歳への謝だけだった。
かけて、ようやく届いた。 本当の、あなたの居所。
私は微笑んだ。 まれて初めて、何の迷いも、怯えも混ざっていない、の底からの笑顔を浮かべて、言った。
「おじさん。ここに、座って」
伯父の瞳が、夕を浴びてに潤んだ。 その目から零れ落ちた筋の涙が、茜のので、静かに輝いた。
「……ああ」
伯父は震える声でそう答え、歩、畳を踏みしめてへみた。 の庭では、のがサワサワと梢を揺らし、どこかで番がさく瞬いていた。