みかん小説
本棚

"井戸の謎と、睡眠薬入りの水" 第1話

父さんは認症で、施設に入れた。

旅を終えて帰ってきたに入るなり告げられたその言葉に、私の瞬で真っになった。

「はあ」

私は弾かれたように駆けし、を探し回る。しかし、け太郎はどこにもいない。そんな私の姿を、勇気とカナはな笑顔を浮かべたまま眺めているだけだった。

彼らの表を見た瞬、異常事態をらせる警報音が私ので鳴り響いた。置いたばかりの荷物を再び掴み、私はへと乗り込む。カナのナビに映っていた最の目。そこを目指して、私はいきりアクセルを踏み込んだ。

たどり着いた先は、齢者施設だった。受付で事を話したが、返ってきたのは「面会は終している」という乾いた返事だった。

「あの、どうかお願いします。夫にわせてください」

で頼み込み、座の姿勢を取ろうとしたそのだった。

「あれ、美しいレディが座なんていけませんな」

奥の廊から、すっとが現れた。

私の名野ジコ。元公務員での夫・け太郎と、息子夫婦と共に世帯宅で暮らす専業主婦だ。そんな私は今、あいにある温泉にいる。目は湯治だ。

の専業主婦業、たい台所でくのを過ごしてきたせいか、ここ数で膝と腰が無できないほどの鳴をあげるようになってきた。

広告

その治療のために主夫の仕事に休みをもらい、こうして湯治に来ているというわけだ。

を取ればよっこらしょと掛け声くらい誰でもてしまうのが常だろう。しかし私のものはの比ではない。気いを入れて部活に励む若い学のような声で叫ばなければ、到底がれないほどになっていた。け太郎はその度にびくりと驚き、まんまるい目をして私を見る。

「なんだ、古傷が痛むのか」

にやりと角をげるので、私もにやりと笑い返し、さく頷く。ねえ、勇気が幼稚園だった頃の玉入れで負った傷。本気になりすぎたわ。玉入れで膝と腰よ。激しさが伺えるな。

夫婦のいつものないやり取り。冗談を言いって笑えているうちはまだ良かった。しかし、が経つにつれて膝を叩く余裕もなくなり、ついにはいつもふざけていたけ太郎から真剣に配されるようになってしまったのだ。病院にっても尻尾を巻かれるだけだろう。「治りますか」って聞いても「は巻き戻せませんから」って。は加齢ってことだ。

ある、テレビを見ていた彼が画面を突然指さした。

「温泉はどうだ? 体は温めてなんぼだろう?」

ちょうどワイドショーの特集で、レポーターが温泉宿を紹介しているところだ。温泉ね。画面を眺めて私はぽつりと呟いた。

広告

ちょっと入ったくらいじゃないんじゃないの。だったら湯治なんかいいんじゃないか。

宿の支配が「湯治客もいんですよ」と発言している。湯治? でも泊したところでただの温泉旅じゃない。だからくらいけばいいだろう。俺は呂に入るのは嫌いだからな。ジコで。

え? け太郎の提案に、私は抜けな顔で聞き返した。けるの? 私が本気で言ってる? あなたどうやってきてくのよ。料理もできないが。

「スーパーがあるだろう。惣菜とサラダで完璧だ。それに勇気やカナさんもいるんだぞ」

あの事に誘ってくれたことは度もないが、俺がでいればさすがになあ。甘えること提で話しているが、よぎるのは過の数々の失態である。

でも鏡をつけたまま鏡を探したり、お醤油頼んだのに麺つゆ買ってきたり、そんなことばっかりしてたら勇気とかナさんから呆れられるわよ。

「俺のお茶目さがにバレてしまうな」

笑いかけた顔に力を入れて、真顔のまま夫を見つめると、彼はしだけ真面目な声でこう言った。

するに、たまにはで羽を伸ばしてこいってことだ」

何よそれ。私別にで無理なんてしてないわよ。あなたと話していると楽しいし。素直な気持ちをいがけず伝えてしまう。

どうせくなら緒にきましょうよ。しかし今更照れるようなでもない。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: