"50億を消した傲慢行員の末路" 第1話
の自ドアを背にしてにると、たいがまだアスファルトを濡らしてり続いていた。 の空から落ちる粒が、私の着ている古い作業の肩をたく濡らしていく。しかしその肉体なたさよりも、先ほど窓で鈴に浴びせられた言葉の方が、私の胸の奥にく、そしてたく響いていた。
(卒のおじいちゃんが、社ごっこですか……)
鈴という若者が向けた、あの者にしたような笑い。あの軽べつしきった線をいしながら、私はゆっくりと自分の両を見つめた。 指の節は太く曲がり、のひらはいタコとひび割れに覆われている。、械の油と鉄にまみれてきたこのは、いくら級な鹸で洗っても、もう完全に元の綺麗な肌に戻ることはない。爪の隙には、どうしても落ち切らない黒い汚れが染みついている。 鈴から見れば、それはただの「汚い老の」でしかなかっただろう。
だが、私にとっては、このこそがそのものが刻まれた、誇りきだった。
私がまだ15歳だった頃、庭の経済事から学をあきらめ、さな町に見習いとしてび込んだ。朝から晩まで先輩の声に耐えながら、と油にまみれて働き続けた。 それから10、25歳で独し、自分のさなを持った。
広告
そのに会い、こんな学歴もおもない私と苦楽を共にして支えてくれたのが、10に界した妻の子だった。
「誠さんのこのが、私は1番好きなのよ。誰よりも懸命にきてきた、派なだもの」
私が油まみれので事をとるのを申し訳なくうと、子はいつもそう言って、からの優しい笑顔を向けてくれた。 私が今につけているこの古い川の作業も、子が結婚当初に買ってくれたものと同じ型だ。グループ企業がきくなり、何万もの社員を抱える巨組織のトップになっても、私は現につことを忘れず、この作業を着続けた。それは初を忘れないためであり、何より私を支え続けてくれた妻の言葉を常に胸に刻んでおくためだった。
50、独したばかりの私は、をかすための運転資を借りるために、何件ものを回った。しかし、どこのも、卒の若い職など相にしてくれなかった。 「実績がない、学歴がない、担保がない」 たい拒絶の言葉と共に、私は何度も払いされた。そんな、唯私の話を真剣に聞いてくれたのが、この若葉町支の当の支だった吉田さんだった。
吉田さんは、私のまみれのをじっと見つめ、こう言ってくれたのだ。 「田さん、員は数字を見ますが、私はを見ます。
広告
あなたのそのは、絶対に嘘をつかないだ。私はあなたのそのに融資します」
あのの嬉しさは、今でも涯の宝物として私の胸に残っている。吉田さんが貸してくれた300万円こそが、現の巨な「田グループ」のすべての原点だった。 だからこそ私は、恩返しとして、グループ全体のメインバンクをのちにへと移したも、この若葉町支にだけは特別な座を残し続けた。私個の資産だけでなく、グループの根幹に関わるな資数億円を、あえてこのさな方支に預け続けてきたのだ。 それは私なりの誠であり、過への謝の形だった。
しかし、代は流れ、は変わってしまった。 吉田さんのような、と誇りを持った本物の員はもうどこにもいない。代わりに座っていたのは、っぺらな肩きやなりだけでを判断し、齢者を嘲笑うことしかできない鈴という浅な男だった。
「あの支には、もう私のっているは残っていないのだな」
私はさくため息をつき、たいのる空を見げた。 寂しさはあったが、悔はしもなかった。むしろ、恩義という名の古い鎖から突き放されたことで、私のはどこか静かに軽くなっていくのをじていた。
「会、お待たせいたしました」
ふと、を遮るように、静かで落ち着いた声がした。
見ると、目のには黒いきな傘を差し掛けた男がっていた。私の第秘を務める佐藤だった。