"母は死んだと書いた娘" 第1話
「お母様……で、いらっしゃいますよね?」
学の相談。パイプ子のたさが、いスカート越しに太ももへと染み込んでくる。 目のに座る担任の浦先は、どこか居悪そうに線を泳がせ、元の湯呑みの縁を指先でなぞっていた。職員の喧騒から切りされたこの部には、壁掛け計のカチコチという無質な秒針の音だけが気に響いている。
「はい。浅井葵の母……いえ、継母の朋代と申します。急なお呼びしとのことでしたが、葵が何か学でトラブルでも起こしたのでしょうか」
私は背筋を伸ばし、努めて穏やかな声で返した。 受験を控えた学のだ。志望の者面談にしては期がしい。内申点の話か、あるいは友関係の悩みか。昨夜も葵は、私が作った鶏の照り焼きを「美しい」と言って残さず平らげていた。今朝も「ってきます」とさく会釈をしてをていった。変わった様子など、何ひとつなかったはずだった。
けれど、浦先はく息を吐きすと、申し訳なさそうに眉をの字に曲げた。
「トラブル、というわけではないのです。ただ……先週、指導に伴って全徒に提させた『庭環境調査票』の件で、し確認させていただきたくいまして」
先はデスクのにあったいファイルをめくり、枚のプリントを私のに滑らせた。
広告
そこには、見慣れた葵の端正でしびた文字が並んでいた。
氏名、浅井葵。 、平成。 現所。 そして、そのにある族構成の欄。
私の線は、そこで完全に釘付けになった。
父・浅井康平(歳・会社員) 本・浅井葵(歳)
欄の余には、黒いボールペンで、震えのない几帳面な字がき添えられていた。
『実母はに病気のため界。現、父とのみで活』
のが真っになった。 たいが、部から背骨を伝って元まで気に流れ落ちていくような錯覚に襲われた。
私の名がない。 どこを探しても、浅井朋代という文字はしなかった。 同居としての記載すらない。 緊急連絡先の欄にかれているのは、夫である康平の携帯話番号と、その会社の代表番号だけだった。
「……あの、浅井さん」 浦先が、痛ましいものを見るような声で言った。 「葵さんは学からの引き継ぎ資料でも、康平様が再婚されたと伺っておりました。入学当初の類には、朋代様のお名も保護者として記載されていたのですが……今回、本がこの類を頑なに譲らず、自分で清して提してきたのです。『うちは父と暮らしです。違いありません』と」
指先が微かに震えるのを悟られないよう、私は膝ので両をく握りしめた。
広告
爪がのひらにくい込む。
「葵が……自分で、そう言ったのですか」
「はい。ですから、私どもとしては……変ち入ったことをお伺いしますが、ご庭内で何か法な変更があったのか、あるいは、別居などをされている最なのかと。もしそうであれば、今の決定や緊急の同権に関わってまいりますので」
「いいえ」
声がかすれそうになるのを、喉の奥に力を込めて押しとどめた。
「別居も、婚もしていません。私たちは……今も同じ根ので暮らしています。今朝も、私が作ったお弁当を持って登したはずです」
浦先は言葉を失い、いたたまれない表で俯いた。 その沈黙が、何よりも残酷に私の胸をえぐった。
だ。 康平と見い結婚し、この浅井に嫁いできた、葵はまだ学、歳だった。 実のお母さんをスキルス性胃癌でくし、祖母に預けられていた葵は、まるでをどこかに置き忘れてきたかのように静かな子供だった。
無理に母親になろうとはわなかった。 「お母さんと呼びなさい」としたことも度もない。 ただ、朝は温かいご飯をべさせ、のには傘を持ってので待ち、夜にをせば氷嚢を取り替えながら夜をかした。 反抗期に入って数が減っても、葵は私の作った料理をいつもきれいに平らげ、洗濯物はきちんと畳んでタンスにしまっていた。
「朋代さん、これ、洗面所に置いておくね」