"母は死んだと書いた娘" 第3話
息が止まった。 臓を素で握りつぶされたような激痛がった。 葵は私の顔を見ることなく、洗面所へ向かおうとをかした。すれ違いざま、彼女のシャンプーの匂いが微かにをかすめる。私がドラッグストアで選んで買ってきた、葵のお気に入りの柑橘系のりだった。
「待ちなさい」 私は呼び止めた。 「本当に、それだけなの? 何か満があるなら言って。お父さんともちゃんと……」 「お父さんは関係ありません」 葵はを止めずに言った。 「もうすぐ夕飯ですよね。着替えてきます」
自のドアが閉まり、カチャリと内側から鍵がかかるさな音が響いた。 その拒絶の音に、私の膝からすっと力が抜けた。 リビングのソファに倒れ込むように腰掛ける。 が追いつかない。 葵は酷な子供だったのか? いや、違う。先、私が邪で寝込んだ、彼女は器用なつきで姜湯を作り、枕元に置いてくれた。「無理しないで寝てて」と、さな声で言っていた。あののの温もりまで、全部嘘だったというのか。
何かがおかしい。 「事実をいただけ」と葵は言った。けれど、その瞳の奥には、たさとは違う、張り詰めた糸のような何かが張り付いていた。 彼女は何かに怯えている。あるいは、何かに対して必に盾を構えている。 そんな直が、胸の奥で燻り始めた。
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計の針が午を回った頃、玄関のドアが再びいた。 夫の康平が帰宅したのだ。
「ただいまー。いやあ、今夜は段とえるな。朋代、呂沸いてるか?」 スーツの着を脱ぎながら入ってきた康平は、いつも通りの呑気な笑顔を浮かべていた。堅の械メーカーに勤める康平は、当たりが良く、社内でも面倒見のいい司として通っているらしい。庭でも声を荒らげることは滅になく、見すると理な父親であり、夫だった。
「おかえりなさい。お呂、沸いてるわ」 私はを殺してちがった。 「康平さん、し話があるの」
「ん? なんだ改まって。あ、葵の志望のことか? 者面談の程なら、俺がなんとか休めそうだから、朋代が無理にかなくてもいいぞ」 康平はネクタイを緩めながら、蔵庫から缶ビールを取りした。
「今、学にってきたわ」 私の言葉に、缶ビールのプルタブを引こうとしていた康平のが、ピクリと止まった。
「……学? 誰が?」 「担任の浦先から呼びされたのよ。葵の庭環境調査票のことで」
リビングの空気が、急激にえ込んでいくのをじた。 康平は背を向けたまま、しばらくかなかった。数秒の沈黙の、パシュッという鈍い音をてて缶ビールがけられた。 彼はゆっくりとこちらを振り返った。その顔には、いつもの柔な笑みが張り付いていたが、線は私の眉あたりを自然に泳いでいた。
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「ああ……調査票か。あいつ、何か変なこといたのか?」
「変なこと、どころじゃないわ」 私はテーブルに歩み寄り、両をついた。 「『母はに。現父と暮らし』っていてあったのよ。私の名はどこにもない。緊急連絡先もあなたの番号だけ。学側は、私たちが別居か婚の続きでもめているんじゃないかって配してたわ」
康平はビールをあおり、困ったようにを掻いた。 「まったく、葵のやつめ……そんなところにまで反抗期のを持ち込むなよな」
「反抗期で済む話じゃないでしょう!」 わず声が荒くなった。 「あの子、私に面と向かって言ったのよ。『事実をいただけだ』って。『謝はしてるけど、母親になるわけじゃない』って! よ、康平さん。私、度だってあの子をないがしろにしたことなんてない。どうしてあそこまで頑なに、私のを消そうとするの? あなたが何かってるんじゃないの?」
康平は眉をひそめ、缶ビールをテーブルにコトンと置いた。 「おいおい、朋代、落ち着けよ。葵もだぞ。期真っ只なんだ。母親をくしたな期に、いろいろと複雑ながあるのは当たりじゃないか。おがそんなにカリカリしてたら、あいつも余計に固になる」
「私がカリカリしてるから? 全部私の責任だって言うの?」
「そうは言ってないだろ」 康平は両を軽く広げ、宥めるようなポーズを取った。