"母は死んだと書いた娘" 第9話
の甲には、今朝ねた油の赤い痕が、痛々しく残っていた。
に帰り着いたのは午を過ぎた頃だった。 玄関をけると、靴箱ののかりがついていた。 康平の革靴が揃えられている。いつもより随分とい帰宅だった。
「康平さん? もう帰ってたの?」
リビングに入ると、内は異様な空気に包まれていた。 部のかりは煌々とついているのに、テレビの音もせず、息が詰まるほどの沈黙が落ちている。 そして、ダイニングテーブルのに、康平が腕を組んでっていた。 元には、数冊の参考と、ノートの束が無残に散らばっていた。
「……何、これ」 私が呆然と呟くと、康平は忌々しそうに舌打ちをした。
「あいつの部をし改めたんだよ」
「え?」
「養子縁組の届用だ。役所に提するに、あいつの戸籍関係の控えが葵の部の引きしにあるはずだったんだ。それを探そうとって入ったら、部鍵をかけやがって……スペアキーで入って机を探したら、このザマだ」
康平は元のノートを冊、爪先で蹴ばした。 そこには葵の几帳面な字で『数学・応用問題集』とかれていたが、表が無残に破れていた。
「康平さん! 何やってるのよ! どうして葵の部を勝に荒らすの!?」
「親が子供の部を見て何が悪い!」 康平は鳴り返した。 「部、志保の写真やら遺品やらで溢れかえってやがった! あいつ、にもなって、まだ母親のガラクタを抱え込んで泣いてやがったんだぞ! そんなろ向きな精神状態だから、学でとち狂った調査票をすんだ! だから俺が、全部処分してやろうとってまとめてやったんだよ!」
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「処分……?」
背筋が凍りついた。 リビングの隅に置かれたきな黒いゴミ袋。 そのから、見覚えのある古いスカーフと、さな製のオルゴールが覗いていた。 それは、康平と結婚したばかりの頃、葵が「お母さんの匂いがするの」と切に抱きしめていた、き志保さんの形見だったはずだ。
「あなた……正気なの!?」 私がゴミ袋へ駆け寄ろうとしたその、玄関のドアが勢いよくいた。
「ただいま――」
葵の声が、途で引き裂かれるように途絶えた。 リビングの入りにった葵の線が、元に散乱した自分のノートと、そして隅に置かれた黒いゴミ袋へと注がれる。
部の空気が、瞬にして凝固した。
「……何、これ」 葵の声は、く、掠れていた。
「葵、いいか、よく聞け」 康平は父親としての威厳を取り繕うように、胸を張って言った。 「おのためをってやってるんだ。受験という事な期に、いつまでも過に囚われてちゃいかん。志保の物は、もう分供養した。これからは朋代とで、しい族として――」
「触るなあああああッ!!」
鼓膜を突き破るような絶叫だった。 葵は持っていたカバンを投げ捨て、康平を突きばすような勢いでゴミ袋にびついた。 袋を抱え込み、に膝をついて、獣のような声をげて泣き叫んだ。
「触らないで! お父さんなんかに触らせない! 捨てさせない!!」
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「葵! 親に向かって何だその態度は!」 康平が激昂し、葵の細い腕を引に引っ張りげようとした。 「いい加減にしろ! 誰ので学にって、誰のおかげで自由なく暮らせてるとってるんだ! 朋代だって、おのためにどれだけ尽くしてくれたか分からないのか!」
「頼んでない!!」 葵は康平のを狂ったように振り払った。 その瞳から、粒の涙がボロボロと溢れ落ち、を濡らしていく。
「頼んでない! お母さんを忘れてまで、まともな族のフリなんてしたくない! お父さんは私のことなんて見てないじゃない! お父さんが欲しいのは、世に自できる『綺麗にやり直した庭』だけでしょ!? 私の気持ちなんて、お母さんの命なんて、最初からどうでもよかったんでしょ!!」
「この……親孝者が!」
康平のが振りげられた。 乾いた空気が裂ける直、私は無でのに割って入った。
「やめて!!」
バチン、と私の肩に康平の掌がく当たった。鈍い痛みがる。 康平はハッとしてを引いたが、その顔にはまだりのが渦巻いていた。
「朋代、どけ! こいつは度痛い目を見ないと分からないんだ!」
「もうやめて、康平さん!」