"母は死んだと書いた娘" 第11話
(らなければならない。あの子が、何を抱えてきているのかを)
パカリ、とさな属音をてて蓋がいた。
微かに、甘いりがちった。 それは、康平の斎の埃っぽい匂いとも、私のの活臭とも違う、どこか懐かしく、し古びた化粧品のり――百のような、の女性の匂いだった。
缶のに入っていたのは、わずかな品々だった。
使い古されて先が丸くなった、古い資堂の。 角が擦り切れ、何度も指で撫でられた跡のある、枚のカラー写真。 そこには、病のベッドのだろうか、点滴のチューブを腕につけた青い顔の女性――葵の母である志保さんが、歳頃の葵を抱きしめて、儚げに微笑んでいる姿が写っていた。
写真の裏には、拙い子供のひらがなで、鉛でく刻み込まれた文字があった。
『わすれない。ぜったいに、わすれないからね。おかあさん』
が破れそうなほどの圧。 涙が滲んで、文字の輪郭がわずかにぼやけていた。
私は胸を衝かれ、息を呑んだ。 葵は、忘れることが怖かったのだ。 母親の顔が、母親の匂いが、自分の記憶かられていく恐怖と、毎戦っていたのだ。
だが、私の目を本当に釘付けにしたのは、その写真のに敷き詰められていた、もうひとつの「束」だった。
それは、とりどりのさな付箋や、角く切られたメモ用の束だった。
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輪ゴムで丁寧に束ねられ、端がし折れ曲がっている。
私は震えるで、そのの束を番からめくった。
『葵へ。今のテスト、落ち着いて頑張ってね。朋代より』 『部活お疲れ様。好きな唐揚げ入れておいたよ。朋代』 『がりそうだから傘を持ってってね。朋代より』 『寒くなってきたから、マフラー忘れないでね。邪ひかないように。朋代』
文字が、私の目にび込んでくるたびに、のを激しい衝撃が貫いた。
それは――私が、毎朝、葵のお弁当箱のゴムバンドに挟み続けていた、さなきのメッセージカードだった。
捨てられていなかった。 分も欠けることなく、葵はすべてのお弁当のメモを、この缶のに切に保管していたのだ。
けれど。
そのすべてのメモの、私の名の部分――『朋代より』『朋代』とかれた文字のだけが。
黒い鉛で。 が削れ、穴が空くほどの凄まじい力で。 何度も、何度も、狂ったように塗りつぶされていた。
真っ黒な鉛の痕。 その黒く塗りつぶされた空のに、震える葵の文字で、さくこうき殴られていた。
『ごめんなさい』 『おかあさん、ごめんなさい』 『おいしかったってって、ごめんなさい』
界が、瞬にして歪んだ。 涙が、とめどなく溢れし、私の膝のにボタボタと落ちていった。
(ああ……そういうことだったの、葵……)
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胸が、張り裂けそうだった。 声をして泣き崩れそうになるのを、両でを塞いで必にこらえた。
葵は、私を嫌っていたのではなかった。 私の作ったご飯を、美しいとってしまっていたのだ。 私の気遣いを、温かいとじてしまっていたのだ。 私が注ぎ続けたを受け取るたびに、あの子のは救われると同に、獄のような罪悪に苛まれていたのだ。
「継母を好きになってはいけない」 「こののご飯を美しいとってしまったら、んだお母さんを裏切ることになる」 「この温もりを受け入れたら、お母さんがこの世界から完全に消えてしまう」
歳で母親をくした女は、、毎その恐怖と戦い続けていた。 私から貰った温かいメモを捨てることができず、宝物のように缶に隠しながら、それでも母親への忠誠を守るために、私の名を黒く塗りつぶし続けた。
そして、父親から突きつけられた『養子縁組届』。 それは葵にとって、ただの法な続きなどではなかった。 、血を流しながら守り続けてきた「んだお母さんへの最の砦」を、ので完全に破壊し、更にされる宣告だったのだ。
だから葵は、学の調査票にいたのだ。 「母はに。現父と暮らし」と。 それは、私への攻撃ではなかった。 自分自に言い聞かせるための、血を吐くような誓いだったのだ。
私は震えるでメモの束を缶に戻し、そっと蓋を閉めた。