"母は死んだと書いた娘" 第14話
駅からタクシーに乗り、志保さんの旧姓である「森川」のへと向かわせた。 康平の賀状の控えの束のに、度だけ見かけたことのある所だった。
砂利の先に現れたのは、入れのき届いた古い本だった。 垣には椿の赤いが咲き、庭先にはよく入れされた柿のが実をつけている。 タクシーをり、軋む音を忍ばせながら玄関へとづいた。
呼び鈴を押す。 ピン、ポーンと、静かな敷のに澄んだ音が響いた。
数分、ガラガラとい引き戸がいた。 現れたのは、髪を品にろで束ねた、柄な老婦だった。 志保さんの面を濃く残す、涼やかな目元。 葵の実の祖母、森川文恵さんだった。
文恵さんは、息を切らしてつ私のからまでを、たい線で見据えた。 その瞳には、最初から私が誰であるかを察しているような、険しいが宿っていた。
「……どなたですか」
「突然の無作法をお許しください。康平さんの妻の、朋代と申します」 私はくをげた。 「葵は……こちらに来ておりますでしょうか」
文恵さんは微だにしなかった。 たいがのを吹き抜け、玄関先の鈴がチリとさく鳴った。
「何の御用でしょうか、浅井さんの『しい奥様』が」 文恵さんの声は、刺すように尖っていた。 「葵なら、階で寝ています。朝く、だらけのスニーカーでここまで辿り着いて、玄関で倒れ込むように泣き崩れましたよ。
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あんなに怯えたあの子の顔を見たのは、志保がくなった以来です」
「葵は無事なんですね……」 堵のあまり、私の膝から力が抜けそうになった。
「無事? ええ、体はね」 文恵さんは嘲笑うように元を歪めた。 「でも、はボロボロですよ。あの子をそこまで追い詰めておいて、今さら連れ戻しに来たのですか? 戸籍をき換えて、私の娘がこの世にきていた証を綺麗さっぱり消しるために?」
「違います!」 私は顔をげた。 「私は、そんなことをするためにここへ来たのではありません!」
「では何とでも言えます」 文恵さんはピシャリと言い放った。 「康平さんから、先週話がありましたよ。『葵ももうだから、朋代と養子縁組をさせる。これからはあちらが本当の母親だから、森川のともし距を置かせたい』とね。あの男は昔からそうでした。志保が病気で苦しんでいたも、自分の会社の都や世体ばかり気にしていた。志保がんだら、あっというにあなたと再婚して……今度はあの子の戸籍から、志保の名を完全に奪うおつもりですか」
「私は、養子縁組なんて望んでいません」 私は歩踏みした。に膝をつき、文恵さんを見げた。 「お願いです、お母様。しだけでいい、私の話を聞いてください。葵を連れ戻すに、私がらなければならないことがあるんです。
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あの子が、何を背負ってきたのかを、教えてください」
私の必な形相に、文恵さんはかすかに眉をかした。 張り詰めた沈黙が流れた、文恵さんはいため息をつき、引き戸をきくけた。
「……がりなさい。お茶もせませんけれど」
通されたのは、暗い仏だった。 部の央にある派な仏壇には、まだ代の若さで微笑む志保さんの遺が飾られていた。 葵によく似た、優しげで、けれどどこか芯のそうな瞳。 私は仏壇のに正座し、静かにをわせた。
文恵さんは私の向かいに座り、腕を組んでややかに私を見つめていた。 「康平さんに言われて、様子を見に来ただけでしょう。あなたがいくら良いを演じても、私は騙されませんよ」
「演じてなんかいません」 私は膝ので拳を握りしめた。 「、私はあの子と暮らしてきました。……葵は、蕎麦アレルギーがあります。微量でも混ざっていたら呼吸が苦しくなるから、乾麺の汁の原材料まで、私はすべて確認してきました」
文恵さんの線が、わずかに揺れた。
「の終わりになると、季節の変わり目で喘息がます。首元をやすと発作の引きになるから、あの子にはのネックウォーマーを毎編んで持たせていました。数学の応用問題が苦で、解けないと唇の端を噛む癖があります。