"ゴミ箱の隣に座る学年一位" 第15話
そこにあったのは、滑らかな女子の肌ではありませんでした。
首から肘の内側にかけて、びっしりと、隙なく刻まれた無数の傷跡。 赤く腫れがったしいもの、かさぶたになりかけたもの、くケロイド状に残った古いもの。 カッターで切ったような直線ではありませんでした。 自分の爪で、肉をえぐるように、何度も、何度も、狂ったように掻き毟った痕でした。 皮膚が破れ、滲んだ血が乾いて黒ずんでいる所すらありました。
「……あ」
私の喉から、声にならない鳴が漏れました。
「これ……何……? 、これ……どうしたの……?」
私は震えるで、その傷だらけの腕に触れようとしました。 しかし、はその腕を激しく引き戻し、胸元にかき抱くようにして私からび退きました。
の目から、粒の涙が次から次へと溢れしていました。 あの子が泣く姿を見るのは、夫がんだ以来、ぶりのことでした。
「見ないで!」
が叫びました。 ガラスが割れるような、喉を引き裂くような絶叫でした。
「見ないでよ! 気持ち悪いでしょ!? 汚いでしょ!? これが、お母さんの好きな『自の娘』の本当の姿だよ!」
「……あなた、自分で……どうして……?」
私のがガタガタと震え、テーブルの端にをつかなければっていられませんでした。
「どうしてって……分からないの!?」
は涙に濡れた顔を歪め、散らばった賞状のを踏みつけながら叫びました。
広告
「息ができなかったんだよ! ずっと、ずっと、何も!」
「息が……?」
「番の席が、どれだけ獄だったか、お母さんには分からないでしょ!? ろから、分の線が私の背に突き刺さるの!『あいつは位だからできて当たりだ』『絶対にミスをするな』『完璧でいろ』って! 先のチョークの音がに刺さって、黒板を見てるだけで吐き気がして、が震えてペンが持てなくなるの!」
は腕の傷を、の爪で再び力任せに掻き毟りました。 赤い筋が皮膚にり、血が滲みしました。
「やめて! 、やめて!」
私が止めようと駆け寄ると、は獣のような目で私を睨みつけ、ずさりしました。
「授業、震えが止まらなくなるとね、腕を掻くの! 痛いいをしてるだけ、息ができるから! 血の匂いを嗅いでるだけ、パニックにならずに番の席に座っていられるから! そうやって、そうやって耐えてきたんだよ! お母さんがぶから! お母さんが所のに自して、笑ってくれるから!」
のが真っになりました。 過の記憶が、濁流のように押し寄せてきました。
『お母さん、今度の英語も百点だったよ』 あの、控えめに笑っていたのは、いつも袖のカーディガンの袖を固く握りしめていました。 でも、頑なに半袖のシャツを着ようとしなかった娘。
広告
『が寒いの』と言って笑っていた、あの自然な笑顔。
私は……私は、何を見ていたのか。 模試の数字しか見ていなかった。 偏差値のグラフしか見ていなかった。 壁に貼られた順位表しか、見ていなかった。
「真優ちゃんがね……」
はに膝をつき、両で顔を覆って号泣しました。 その細い背が、壊れた鳥のように激しく震えていました。
「学期に、教で過呼吸を起こして倒れた……私、羨ましかったの」
「え……?」
「倒れることができて、学に来ないことを選べて、羨ましかった……。でも私には、倒れることすら許されなかった。お母さんがいるから。お母さんのを背負わされてるから、私は壊れることもできなかった!」
は涙でぐしゃぐしゃになった顔をげ、散らばった賞状の破片を握りしめました。
「あの席替えの、先に頼んだの。番ろにかせてくださいって。お願いだから、誰の線も届かない、誰も私を見ない所に隠れさせてくださいって……! ろの席にって、初めて息ができたの! のたちの背が見えて、誰も私のことを見ていなくて、窓のの空が見えて……やっと、として息が吸えたんだよ!」
胸が張り裂けそうでした。 言葉がませんでした。 私が「ゴミ箱の隣の吹き溜まり」と蔑んでいたあの席こそが、娘が命がけで見つけした、唯の避難所だった。
「真優ちゃんの机を置いたのは……あの子を助けるためだけじゃないよ」