"解雇された職人が未明に餡を練る" 第5話
「これ、誰が作ったんだよ!? 母さんじゃないんだろ!? 佐野さんが……佐野さんが来たのか!?」
子さんはち止まった。 だが、息子の方を振り返りはしなかった。
「誰が作ったかなんて、どうでもいいことです」
「どうでもよくないだろ! 母さん、昨佐野さんを追いしたじゃないか! あんな酷い言い方して……なのに、もし佐野さんがこれを作ってくれたんだとしたら、俺たち、どうやって顔をわせればいいんだよ!」
健太さんの痛な叫びが、狭い厨に反響した。 その声には、藤子さんへの申し訳なさと同に、自分が何もできなかったことへの激しい自己嫌悪が滲みていた。
子さんは、ゆっくりと首だけを巡らせた。
その瞳は、を完全に削ぎ落としたかのようにたく、昏かった。
「健太」
静かな、しかし無を言わさぬ威圧を持った声だった。
「あのはもう、こののではないと言ったはずですよ。誰が作ったにせよ、今ここにある餡を包んで売るのが、あなたの仕事です。簾を継ぐというのは、そういうことですよ」
「母さん……」
「それとも何かい? 職がいなければも持たないようなら、最初から帰ってこなければよかったんだ」
健太さんの顔から、サッと血の気が引いていくのが分かった。 唇を噛み締め、拳を握り直した健太さんは、それ以言も発することができなくなった。
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子さんは線を息子からし――そして、まっすぐに私へと向けた。
その瞬、私の背筋にたいものがった。
子さんの鋭いが、私の顔、私の乱れた髪、そして私の元――まだ微かに濡れていた靴へと落ちた。 午に駆けつけ、藤子さんの作業を見守っていた私の。 そして、この厨に残る微かな気配。
子さんは、すべてをっている。
そう確信させるだけの淵なが、その老いた双眸の奥に宿っていた。 だが、子さんは何も追及しなかった。 ただ、私と健太さんを交互に見据えた、く呟くように言った。
「美咲さん。表のシャッターをけなさい。になりました」
「……はい」
私は絞りすように返事をし、逃げるように表へと向かった。
い鉄のシャッターを押しげると、え切った朝のが容赦なく内に差し込んできた。 商の向こうから、いつもの登の学たちの賑やかな声が聞こえてくる。
今から、周記の特売が始まる。 完璧なの餡と、引き裂かれた厨のまま、はいてしまった。
振り返ると、暗い帳の奥で、子さんが、え切った線で通りを見つめていた。 その表の裏に、どれほどい図が隠されているのか、そのの私にはまだる由もなかった。
「あそこの奥様も、焼きが回ったねえ」
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周記の掛けが巻かれた菓子折を袋に入れながら、私はのから聞こえてきたい囁き声に、わず指先を張らせた。
簾の隙から差し込むのは、夕暮れの商をに染めている。柳堂のには、記の「ね」を買い求める馴染み客がひっきりなしに訪れていたが、客たちの会話のに落ちる線は、どこか居が悪そうに泳いでいた。
「もを緒にすすってきた佐野さんを、息子どもが戻ってきた途端にポイ捨てかい」 「息子にを継がせるためとはいえ、骨すぎるよ。先代がくなった、を畳もうとしてた奥様のを引っ張って、夜まで餡を炊いて支えたのは佐野さんだったじゃないか」 「血の繋がった内が番ってわけだ。けないねえ。あんなたいだとはわなかったよ」
いガラス戸枚を隔てただけのち話は、帳にも、そして作業にも筒抜けだった。
帳に座る子さんは、老鏡をのに乗せたまま、そろばんと納品ので線を往復させている。パチ、パチ、とい珠の弾ける音だけが、械のように正確に内に響いていた。客たちのなどに入っていないかのように、その背筋は微だにもしない。
だが、帳の奥――硝子戸で仕切られた作業の景は、痛々しいほどに対照だった。
「健太さん、包餡(ほうあん)、し急いでいただけますか。次の焼きがりがにいません」