"解雇された職人が未明に餡を練る" 第10話
勝のドアは半きになっており、警報の属音がけたたましく鳴り響いている。
「健太さん!」
私が厨にび込むと、は真っな煙で充満していた。 界が霞み、激しい咳き込みが喉を襲う。
ガスの元栓は閉められていた。 しかし、連式のバーナーのには、無残にひっくり返りかけた巨な鍋があった。 の豆は炭化し、真っ黒なタール状になって鍋底と徳に焼き付いている。
そして、その元――にぶちまけられた湯と炭化した餡ののに、健太さんがうずくまっていた。
「健太さん……!」
駆け寄った私の目にび込んできたのは、彼の腕だった。 肘から首にかけての皮膚が、湯と沸騰した餡を浴びて無残に赤黒く腫れがり、疱が破れて々しい肉がしていた。
「あ……あ……」
健太さんは激痛で歯の根をガチガチと鳴らし、焦点の定まらない目で自分の腕を見つめていた。 に転がった砂糖の袋のに、力なく投げされた。 全が細かく痙攣している。
「やさなきゃ……! かないで!」
私はの蛇を全にし、ボウルにを溜めると、健太さんの腕に慎にかけ流した。 健太さんのから、言葉にならない鳴が漏れる。
「誰か……! 奥様! 奥様!!」
私が階に向かって叫ぼうとした、階段の軋む音が聞こえた。
煙のち込める厨の入りに、が現れた。
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寝巻きのに羽織を引っ掛けた子さんだった。
その顔には、驚きも、揺もなかった。 まるで、最初からこうなることが分かっていたかのような、底れぬ静寂を湛えた瞳だった。
「……母さん……」
健太さんが、流に打たれながら、掠れた声で母親を見げた。
「ごめん……焦がした……を、れた隙に……鍋を持ちげようとしたら、滑って……周の、豆が……全部……」
泣きじゃくる子供のように、健太さんは謝り続けた。激痛と恐怖と羞恥で、その顔は涙とと煤でぐしゃぐしゃに汚れていた。
子さんは、息子の傷の爛れた腕を見た。 に散らばった真っ黒な炭の残骸を見た。 そして、無残に焦げ付いた、先代の代から受け継がれてきた巨な鍋を見た。
厨の警報器が、ピー、ピーとバッテリー切れのような音をててようやく鳴り止んだ。 煙の向こうで、母と息子の線が交差する。
子さんの唇が、ゆっくりといた。
「健太」
その声は、氷の刃のように徹だった。
「の朝番で、周の特注、半分お断りする話を入れなさい」
「……え」
「もう豆の庫はありません。問も夜はいていない。……うちの恥を、お客様にをげて晒しなさい」
それだけ言うと、子さんは背を向けた。 傷の当てをするでもなく、救急を呼ぶでもなく、ただたく背を向けたのだ。
「待ってくれよ……母さん!」
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健太さんの絶叫が、煙の残る厨に霊した。
「痛いんだよ……! 腕が、焼けそうに痛いんだ! なんで……なんでそんなことしか言えないんだよ! 俺は……俺はあんたのために戻ってきたんだぞ! あんたがで倒れたって聞いたから……会社も捨てて、京の友達も全部捨てて戻ってきたんじゃないか!」
子さんのが止まった。 だが、振り返りはしなかった。
暗い階段の登りで、母親の痩せた背が、ほんのわずかに震えているように見えた。 しかし、返ってきた言葉は、息子の魂を完全に打ち砕くものだった。
「頼んだ覚えはないと言ったはずだよ。……親の顔を見てきるようなに、このの簾はすぎたんだ」
トントン、と階段をっていく乾いた音。 階の扉が、容赦のない音をててピシャリと閉まった。
「ああああああっ……!」
健太さんはに額を擦り付け、獣のような声をげて泣き叫んだ。 私は震えるで救急箱を引き寄せ、流でやした腕に滅菌ガーゼを当て、包帯を巻いていった。 触れるだけで激痛がるはずなのに、健太さんはもう腕の痛みにすら反応していなかった。
ただ、の焦げた餡の破片を握りしめ、ボロボロと涙を流していた。
「……健太さん、しっかりしてください。今、救急を呼びますから」
私がスマートフォンを取りそうとした、健太さんの傷していない方のが、私の首をく掴んだ。
その力は恐ろしいほどく、指先がく鬱血していた。