"七年目の爪痕" 第13話
カチャン。
頑丈な閂が落ちる音が、の庭に響き渡った。
真帆は、になった。
、義父を縛り付け、真帆を搾取し続けた佐伯という名の怪物は、いま、完全に消滅した。
真帆はゆっくりと向きを変え、母の裏――あの静寂に包まれたへと、静かに歩みをめた。
が止みになり、佐伯邸の庭に静けさが戻っていた。
真帆はの引き戸をけ、へ入る。 除湿が静かに青いランプを点滅させ、部の隅では檀のりが微かに漂っている。
央に置かれた欅の枚板のデスク。 そのに、ぽつんと置かれた枚のい画用と、鉛が残されていた。
(もう、誰も私を縛るものはいない)
真帆はコートを脱ぎ、子に腰掛けた。 え切っていた指先が、滑らかなの触に触れて、徐々に温かみを帯びていく。
、のための護記録しかかなかったそのに、鉛を握る。 すっと息を吸い、いのに最初の線を引いた。
迷いのない、まっすぐな線だった。
柱の位置、窓の採、族が集うリビングの線、そして――そので息づく活の気配。 かつて建築を目指し、こので未来の空を描いていた頃の覚が、鮮やかに体の底から蘇ってくる。
「……ここから、もう度描こう」
呟いた声は、驚くほど力く、部の壁に反響した。
それから半のことだった。
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川越内の静かな角に、真帆のしいの拠点が完成していた。
かつての佐伯邸の母は、野寺弁護士の協力のもと、法律も完全に真帆の単独名義へと移され、だったれや古い構造部分は美しくリノベーションされた。
板には、真しい製のプレートが掲げられている。
『佐伯建築設計』
その窓の角には、域の齢者や介護に悩む族が気軽にち寄れる「さな相談スペース」が併設されていた。 の介護活で真帆が培った専な識と、圧倒な当事者目線のサポートは、たちまち元で評判を呼び、かつて真帆を見していた々の噂のから、今やなくてはならないへと変わりつつあった。
その、真帆は製図台に向かい、しい平の図面を引いていた。
「佐伯先、午の打ちわせのお客様が見えましたよ」
声をかけたのは、アルバイトとして雇い入れた、元の若い女性だった。 真帆は鉛を置き、「今、きます」と穏やかに微笑んだ。
方その頃、川越郊の古びたアパートの。
剥がれかけた壁と、湿った畳の匂いが充満する畳に、男のうめき声が響いていた。
「おい、飯はまだなのかよ……!」
布団に寝そべったまま、俊介が鳴り声をげる。 を懲戒免職になり、横領の罪で罪判決を受けた彼は、執猶予とはいえ社会な信用を完全に失っていた。
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再就職先など見つかるはずもなく、細々と雇いの倉庫作業で糊を凌ぐ毎だった。
「文句ばっかり言わないでちょうだい!」
台所から、淑恵の甲い鳴り声が返ってくる。
「私だって、こんないアパートの底えで腰が曲がりそうなのよ! あんたが会社でバカな真似をするから、だって差し押さえられて、こんな惨めな暮らしになっちゃったんじゃない!」
「俺のせいだと言うのか!? 元をたどれば、親父が全部あの女に財産を遺したからだ! あの女さえいなければ、俺は今でも次だったんだ!」
俊介は酒の入ったグラスをに叩きつけた。 ガシャン、と音をててガラスが割れ、物の茶碗が転がる。
だが、どれほど喚こうとも、どれほど過を呪おうとも、失われた位も、も、そして何より自分自ので歩むはずだったも、度と戻ってはこない。
窓のは、すっかりれ渡り、の温かな陽がアスファルトを照らしていた。
佐伯建築設計の真しいの板に、おだやかなが吹き抜ける。
真帆は相談の扉をけ、訪れたしい客に向かって、曇りのない笑顔でこう声をかけた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、おかけください」
彼女の元には、もう誰に怯えることもない、自分自ので踏みしめる確かなが広がっていた。
――完――