"十三足目の黒い靴" 第3話
築の裏にあるそのクリニックは、宗郎が「の紹介で、腕が確かでプライバシーが守られる」と言って選んだ療内科だった。
「先、妻は昔から責任がく、自分の調を隠す癖があるんです」
宗郎は私の隣に腰掛け、私のを両で優しく包み込むように握りしめた。そののひらは温かく、から見れば、体調の優れない妻をから気遣う慈に満ちた夫そのものだった。
「ここ数ヶ、夜に私が目を覚ますと、彼女が玄関で靴を履いていることが何度もありまして……。声をかけてもぼんやりとした返事しかせず、翌朝になるとその記憶が切残っていないようなんです」
「宗郎さん、私——」
私は言葉を挟もうとした。だが、宗郎は私のをきゅっとく握り直し、私の言葉を優しく遮った。
「分かっているよ、美咲。君には自覚がないんだよね。無理にいそうとしなくていいんだ。先、妻がむようにと言われている処方薬ですが、しすぎるということはないでしょうか? むといつも、も識が朦朧とすると言っていまして」
「ふむ……」
医師はメガネの枠を指で押しげ、初めて私の方を見た。その目は、私を「のを持った患者」としてではなく、「度の認障害を患い始めたれな症例」として観察していた。
「奥様、ご自のお名と、今のนี่ち(付)は言えますか?」
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「……最寺美咲です。今は、……」
声がかすれた。宗郎の指先が、私の首の脈拍をじ取るように、じわりと圧力をかけてくる。
「よろしい。ですが、宗郎様のおっしゃる通り、認能のに伴う『エピソード記憶の脱落』と『夜徘徊』の症状が顕著ですね。ストレスによる解性症状の能性もい。ご主が提示された々の記録(ログ)も、非常に克で信頼性がいですし」
医師の線の先には、宗郎が持参したあの黒い革帳がかれていた。そこには、私がに覚えのない夜の審が、分単位で几帳面にき連ねられている。
(記録が信頼できる……? 違う、全部このが作っているの……!)
声にして叫びたかった。だが、この診察で私が取り乱せば取り乱すほど、「精神が定な妻」という宗郎の筋きを補することになる。
宗郎は私の横顔を、困ったような、しげな笑みを浮かべて見つめていた。
「先、妻にはあまりい精神定剤を使いたくないんです。彼女の体に負担がかからないよう、マイルドな成分のものを僕の管理のもとで用させたいのですが」
「ええ、それが賢でしょう。ご主がここまで徹底して活管理と薬指導をされているのであれば、です。では、従来のお薬に加え、夜の興奮を抑える微量の鎮静剤を追加しておきますね」
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診察が終わると、宗郎は私の肩を抱くようにしてクリニックをにした。
会計を済ませ、調剤薬局で薬を受け取った、私たちは駐にめてあったに乗り込んだ。ドアが閉まり、密閉された内に苦しい沈黙が満ちる。
宗郎はエンジンをかけるに、助席の私に向き直った。そして、薬局の袋から処方されたばかりのシートを取りすと、ポケットからさな折りたたみナイフを取りした。
カチリ、とい音が響く。
彼は慣れたつきで、薬のシートの裏面——薬品名と用量が印刷されたアルミ箔の部分を、丁寧に、枚ずつ削り落とし始めた。
削られたのが、彼の膝のにハラハラと落ちる。
「……何をしているの?」
私は震える声で尋ねた。
「言っただろう? シートの角や余分な表記が、君のを煽るんだ。何が入っているかをろうとすると、君の脳は余計に混乱してしまう。君はただ、僕が渡すものを信じてめばいいんだよ」
宗郎は削り終えた薬品カップを私に差しした。
「さあ、が発するにんでおこうか。先も、めの薬が良いと言っていたからね」
その表には、切の悪がなかった。狂気すらじさせない、純粋で絶対な「正しさ」だけがあった。
彼は本当に、私をコントロールし、自分なしではきていけない「病」
に仕てげることに、理由を見しているのだ。