"沈黙のピアニストは厨房に潜む" 第8話
アスファルトのに転がり、界が激しく揺らいだ直、夜のを無惨に切り裂くような鈍い衝撃音と、鳴が響き渡った。
に返ったの目のに広がっていたのは、永にが止まってしまったかのような、あまりにも残酷な景だった。 アスファルトのに倒れ伏した奏の姿は、まるで糸の切れた操り形のようだった。
『奏……!? 奏! お願い、目をけて……!』
震えるで何度もその名を呼び続けたが、血の気の引いた親友が、再び微笑んでくれることは度となかった。 夜のに響き渡った救急のけたたましいサイレンの音が、今でもの奥に、鈍い痛みとしてこびりついてれない。
病院に運ばれた、奏が再び目を覚ますことはなかった。
自分を庇ったせいで、奏は命を落とした。 その残酷な真実は、のに決して消えることのない、く暗い傷を刻み込んだ。
葬儀の、無数のいに囲まれた棺ので眠る奏の顔は、ただ穏やかに眠っているだけのようだった。 祭壇の央に飾られていたのは、び切りの笑顔でピアノを弾く彼女の写真。 それを見た瞬、堰き止めていた涙がどうしようもなく溢れした。
――の音は、特別だから。
かつて自分を力く支え続けてくれた親友の言葉が、今度は鋭い刃となって、の胸を幾にも抉り続けた。
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(私のせいで……奏はもう、ピアノを弾くことができない)
激しい自責のが、来るも来るもを苛み続けた。 それ以来、はピアノのに座ることすらできなくなってしまったのだ。 鍵盤に触れようとするだけで、あの夜のけたたましいスキール音と鳴が鮮にフラッシュバックし、指先が氷のように凍りついてしまう。
華々しかったピアニストとしての未来を自ら断ち切り、音楽の世界から完全に姿を消すこと。 誰の目にも留まらない裏方として、ただ息を潜めてきていくこと。 それこそが、親友から未来を奪ってしまった自分に課せられた、唯の罰だとい込んでいた。
あのから、。 控の鏡に映る自分を、はじっと見つめ返した。 の傷は、しも癒えてなどいなかった。 恐怖も悔も、あののまま胸の奥にく横たわっている。
けれど、今――ドアを枚隔てた向こう側には、途方に暮れ、絶望の淵にたされているたちがいる。 これ以、過の傷を言い訳にして、目のの危から逃げ続けていいのだろうか。
胸の奥で、さく、けれど確かな声が問いかけてくる。 はく息を吸い込み、静かに控のドアノブへとをかけた。
カチャリと扉がき、フロアへと姿を現したを見て、スタッフたちは瞬、息を呑んだ。 いつものなエプロン姿からは像もつかない、漆黒のドレスを纏ったその佇まい。
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伏せがちだった顔は真っ直ぐにを見据え、彼女の周囲だけ、まるで凛とした清浄な空気が流れているかのようだった。
は周囲の注を気にする様子もなく、フロアの央に鎮座するグランドピアノへと、真っ直ぐに歩み寄っていった。 歩、また歩。 その取りは決して軽くはなかったが、戻りする迷いはすでに消えていた。
ピアノベンチに腰をろすと、界いっぱいにと黒の鍵盤がび込んでくる。 もの、恐れ、逃げ続けてきた世界への入り。 胸の奥からせりがってくる吐き気と、の震え。 はドレスの裾をギュッと握りしめ、必に自分を保とうとした。
その異様な景を、宮が落ち着かない様子で見つめていた。 「……本当に丈夫なのか?」 自ら許をしたはずなのに、いざ彼女がピアノに向かう姿を目の当たりにすると、得体のれないが胸を突きげてくる。 「やっぱり、今からでも音源に切り替えた方がいいんじゃないか……!?」
しかし、隣にいた川が、首を横に振った。 「宮さん、お願いします。しだけ……彼女を見守ってみましょう」
「くそっ、なんでこんなことに……!」 焦燥をわにする宮の肩を、川はい力で押し止めた。 「適当な音源でお茶を濁すより、ずっと筋が通っています。それに……もう戻りはできません」
背で繰り広げられる切実なやり取りなど、今ののには届いていなかった。