みかん小説
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"母の尊厳を踏む家なら捨てます" 第7話

「担当さん」 栞は静かに、しかしはっきりとした声で言った。

「その契約、キャンセルさせてください。私の名義で支払った初期費用の万円については、規定の違約を差し引いたで、私の座へ返をお願いします」

「えっ……よろしいのですか? 入居まであとを切っておりますが」

「はい。今すぐ、解約の続きをお願いします」

営業マンは栞の顔を凝し、その揺らぎのない差しに圧されたように、さく頷いた。 「……承いたしました。すぐに類を作成いたします」

たとき、計の針は正午を回っていた。 空は抜けるように青く、かった。

スマートフォンの画面を見ると、隆司から件以の着信と、文のメッセージが届いていた。

『昨は母さんも言い過ぎたって反省してる。僕もカッとなって悪かった。だからもうを張るのはやめてくれ。今夜、実で母さんが夕飯を用して待ってるから、ちゃんと顔をわせて話しおう。仲直りすれば、全部うまくいくから』

栞は画面をスクロールすることなく、スマートフォンの源を落とした。

反省などしていない。 ただ、式のの支払期が迫り、自分の百万円と居の保証に入らなくなることに焦っているだけだ。

「話しい」という名の密で、逃げを奪い、罪悪を植え付け、丸め込もうとしているだけだ。

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栞は踵を返し、母のがある町へと向かう鉄の階段をりた。 決着をつけるべき所は、相澤の実ではない。 母が守り続けてきた、あのさなだった。

鉄の改札をると、夕方の湿った空気に混じって、鰹節と醤油が煮詰まった懐かしい匂いが漂ってきた。 荒川区の古い商。シャッターをろした舗が目つ通りを百メートルほどんだの角に、さな赤提灯と簾ががっている。 『お事処 もりした』。 父が代の若さで筋梗塞で倒れてから、母の登紀子がたった簾を守り続けてきただった。

昼の営業はとうに終わり、夜の準備に入る帯だった。ガラス引き戸の隙から、仕込みの鍋がコトコトと煮つ音が聞こえる。 栞が引き戸を引くと、控えめなベルの音がからんと鳴った。

「ごめんなさいね、夜はから……あら、栞?」 厨の奥から顔をした登紀子は、い割烹着の袖をまくりげたまま、目を見張った。 「どうしたの、こんなに。居の準備じゃなかったの?」

カウンター越しに見る母の顔には、昼の疲労が濃く滲んでいた。ちっぱなしの仕事で痛めた腰を庇うように、わずかに肩ががっている。

栞は何も言えず、ち尽くした。 朝からを回り、で契約を解除し、張り詰めていた糸が、だしのりを嗅いだ瞬にふっと緩みそうになる。

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「……お母さん」 掠れた声しかなかった。

登紀子はすぐにを止め、濡れた掛けで拭いながらりにりてきた。 栞のを握る。その瞬、母の線が栞の首に落ちた。 昨の料亭で隆司に締めげられた首には、まだ暗い赤の指の跡が残っていた。袖のブラウスで隠していたはずだったが、袖がわずかにめくれていたのだ。

登紀子の目がすっと細くなった。 「……がりなさい。奥の部へ」

の奥にある畳の居は、父がきていた頃から何つ変わっていない。古いテレビ、いたんす、仏壇に供えられたい菊。 登紀子は湯呑みにほうじ茶を淹れ、栞のにコトと置いた。

、キャンセルしてきた」 栞は湯呑みを見つめたまま、絞りすように言った。 「居の契約、解約してきたの。違約は引かれたけど、私が払ったは戻ってくる。それから、定期預ってロックをかけてきた。誰にも引きせないようにした」

登紀子は何も驚いた顔をしなかった。ただ静かに座り、栞の言葉を待っていた。

「……結婚、やめる」 栞は顔をげた。 母をしませたくなかった。女つで育ててくれた母に、「娘が派な庭に嫁ぐ姿」を見せてさせたかった。そのいだけで、この数ヶ、敏恵のたい線にも、隆司の無神経な言葉にも耐えてきたのだ。

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