"母の尊厳を踏む家なら捨てます" 第8話
だが、その見栄のために母のを踏み台にすることだけは、絶対にできなかった。
「ごめんなさい、お母さん。顔わせのも、あんな酷いこと言われて……私、何も言い返せなくて。お母さんの羊羹、あんなに扱われて、本当に悔しかった。なのに私、隆司さんとなら何とかなるって、自分に言い訳して……」
「栞」 登紀子の穏やかな声が、栞の謝罪を遮った。 母はテーブル越しにを伸ばし、痣の残る栞の首を、痛くないようにそっと包み込んだ。
「謝ることなんて、何つないよ」 登紀子の瞳には、落胆のなど微もなかった。そこにあったのは、ただい慈しみだった。
「料亭でね、あんたが首を掴まれてるの、見えてたよ」
栞は息を呑んだ。 「え……?」
「母さん、節穴じゃないんだから。隆司さんがテーブルので何をしてるかくらい、すぐに分かった。でもね、あそこで私が騒いだら、あんたがもっと傷つくとったから、黙ってをげたの。私の作った羊羹なんて、どう言われたっていい。あんなの、ただのお菓子だもの。でもね、栞」 登紀子の指先に、微かに力がこもった。 「あんたがこれから、あのたちの顔を窺って、息を潜めてきていくのかとったら、昨は晩、胸が張り裂けそうだったよ。母親だからって、娘がこんな惨めないをしなきゃいけないのかって、仏壇のでお父さんに文句言ってたんだから」
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登紀子はふっと、いつもの皺だらけの笑顔を浮かべた。 「よく決めたね。偉かったよ。自分で気づいて、自分で止めたんだから」
「……お母さん、しくないの? 親戚にも結婚すること伝えてたし、所のだって……」
「世体なんかで、あんたのを売りできるわけないだろ」 登紀子ははっきりと言い切った。 「、定やってきてごらん。いろんな夫婦を見てきたよ。最初から相をに見て、親の言いなりになって、妻を盾にするような男がね、から変わることなんて絶対にない。そんなに嫁いだら、がすり減って骨だけにされちゃうよ。あんたが自分ので逃げてくれて、母さんは本当にした」
目がくなり、堪えていた涙がぽろぽろと零れ落ちた。 料亭の個でも、荻窪の喫茶でも流さなかった涙が、母の温かいのでようやく溶けしていった。 栞は子供のようにしゃくりげながら、母の肩に顔を埋めた。
その夜、栞は久しぶりに実の階の自で眠った。 スマートフォンの通は鳴り止まなかった。隆司からの着信、メッセージ、そして夜のを過ぎた頃には敏恵からの直接の着信まで入っていた。 すべて無した。 だが、完全にすべてを終わらせるためには、まだつ、きな壁が残っていた。
結婚式だった。
目黒にある格式いゲストハウスの結婚式『メゾン・ド・フルール』。
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挙式まであと。 すでに招待状は発送され、席次も料理も確定している段階だった。 キャンセル料は、この期であれば見積もり総額のパーセントにねがる。総額百万円の式だった。今解約すれば、百万円い違約が発する。
翌週の曜、午。 栞は式のブライダルサロンを訪れていた。 事に担当プランナーのに「緊急の確認事項がある」と連絡を入れていたが、サロンの個に入ると、そこにはすでに隆司が座っていた。
隆司は栞の姿を見るなり、弾かれたようにちがった。 ネクタイを緩め、目のには隈ができていた。
「栞! お、何連絡を無すれば気が済むんだよ!」 隆司は声を荒らげ、栞の腕を掴もうとした。 栞は半歩を引き、静にそのを避けた。
「さん、お待たせして申し訳ありません」 栞は隆司の声を完全に無し、テーブルの向かいに座るプランナーのにをげた。 は代半ばのベテランだったが、異様な空気をじ取ったのか、緊張した面持ちでちがった。 「いえ、森様……お揃いになられて良かったです」
「おい、栞! 聞いてるのか!?」 隆司がテーブルに拳を叩きつけた。 「居のキャンセルってどういうことだよ! 産から『婦側からの申しで契約解除になった』って連絡が入ったの僕の気持ち、考えたことあるのか!? にも仲介会社にもげて回ったんだぞ! 母さんだって激してる!」