"母の尊厳を踏む家なら捨てます" 第11話
「僕にそんなないの、ってるだろ! 母さんだって、文句は言ってもはしてくれないんだぞ! おが払えよ! おの定期預があるだろ!」
サロンののブースにいた客やスタッフが、何事かとこちらを凝していた。 だが、隆司はもう周囲の目を気にする余裕すら失っていた。 わになったのは、ただの甘えた、無力で卑しい男のだった。
「さん、端末をお借りできますか」 栞は隆司を瞥もせず、クレジットカードを渡した。
「か、かしこまりました……々お待ちください」 は震えるでカードを受け取り、奥のスタッフルームへとっていった。
残された個で、隆司はを抱えて子に崩れ落ちた。 「嘘だろ……こんなの、悪だろ……母さんになんて言えばいいんだよ……会社の司に何て説すればいいんだ……」
呟かれる言葉は、どこまでも自分の保と世体だけだった。 栞を失うしみも、傷つけたことへの悔悟も、そこには欠片ほどもしなかった。
分、が決済端末とレシートを持って戻ってきた。 栞は端末に暗証番号を入力した。 ピピッという無質な子音とともに、百万円の決済が完した。 父の遺産と、自分の代の貯から削り取られただった。 だが、レシートを受け取った栞の胸にあったのは、悔ではなく、鉛の枷を自ら切り落としたような圧倒な軽やかさだった。
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「これで、私と式との契約は完全に終しました」 栞はバッグを持ち、へと歩きした。
「栞!」 隆司がに膝をついたまま、縋るように見げてきた。 「待ってくれ……頼むから……僕が悪かった! 席次も元に戻す! 留袖も母さんに頼んで着てもらうから! だから考え直してくれ!」
栞はドアノブにをかけ、振り返った。 その表には、りも憎しみもなかった。ただ、端のころを見るようなややかさだけがあった。
「相澤さん」 栞は初めて、彼を姓で呼んだ。 「来週の曜、入籍予定だったに、実へ伺います」
隆司の顔に、ぱっと浅ましい希望のが差した。 「え……? 来てくれるのか? やっぱり、やり直して――」
「預けてある私の私物を回収し、婚約指輪をお返しするためです」 栞は淡々と続けた。 「お義母様にも、お父様にも、必ず宅するようお伝えください。逃げずに、全員で待っていてくださいね」
栞はドアをけ、度も振り返ることなく式をにした。
の午のが、目黒の坂をく照らしていた。 スマートフォンの画面をくと、母からのいメッセージが入っていた。
『今夜の仕込み、根がたくさん煮えたよ。お腹すかせて帰っておいで』
栞は画面を胸に抱きしめ、駅へと続く坂を、しっかりとを踏みしめて歩き始めた。 もう、迷いは微もなかった。
の第曜。
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区役所に婚姻届を提し、夫婦になるはずだったの午。
栞は杉並区の宅にある相澤ののにっていた。 入れのき届いた松の植え込みと、な扉。表札には『相澤康男』と誇らしげに彫られている。かつてはこのをくぐるたびに「粗相があってはいけない」と背筋を張らせていたが、いま胸のにあるのは、めた類を確認しに来たような静けさだけだった。
インターホンを押すと、しのを置いて敏恵の声が返ってきた。 「……はい」 く、嫌さを隠そうともしない声だった。
「森です。お約束通り、参りました」
解錠の属音が響き、扉がく。 玄関へ続く畳を歩き、引き戸をけると、がりかまちに隆司の革靴と、父親のものらしき紳士靴が並んでいた。
「がって」 廊の奥から現れた隆司は、週末のに数歳老け込んだように見えた。無精髭が顎に青く残り、着古したスウェットの襟元が伸びている。会社を休んだのだろう。
通された客には、すでに両親が揃っていた。 敏恵は茶羽織を羽織り、座布団の央に背筋を伸ばして座っていた。化粧はしているものの、唇の端が険しく引き結ばれている。父親の康男はその斜めろで、元の週刊誌に線を落としたまま、栞が入ってきても顔をげなかった。
「座りなさい」
敏恵が顎で座の座布団を指した。
栞は勧められた座布団には座らず、畳のに直接、正座した。