"母の尊厳を踏む家なら捨てます" 第14話
「あなたと結婚しなくて、本当によかった」
それだけを告げると、栞は踵を返し、客をた。
「栞! 待ってくれ! 栞!」 隆司の鳴のような叫び声が追いかけてきたが、靴を履いて玄関の引き戸をけるまで、度もが止まることはなかった。 へると、扉の向こうのを、たく澄んだのが吹き抜けていた。
カチャリとを閉める。 その瞬、自分のを縛り付けようとしていた、見えないい鎖が完全に音をてて消えったのをじた。
駅へのを歩きながら、栞は度も振り返らなかった。
携帯話の契約会社にち寄り、番号の変更続きを済ませた。 相澤の誰とも、もう度と言葉を交わす必はない。残された百万円の請求と、親戚や会社への取り繕い能な言い訳に、あの親子がどう向きうのか。それはもう、栞のの側の来事だった。
鉄に揺られ、荒川区の商へ戻ってきたのは、午のことだった。
昼がりの商は穏やかで、所の百の威勢のいい声が響いている。 の角にある『お事処 もりした』の簾は、まだ「準備」の札が掛かっていた。
栞が引き戸をけると、からんと鈴が鳴った。
「はい、仕込みですよ……あら」 厨の奥から顔をした登紀子は、きな寸胴鍋から湯気をちらせながら、栞の顔を見て目を丸くした。
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「全部、終わったよ」 栞はにち、息を吸い込んだ。
登紀子は割烹着のを止め、栞の顔をじっと見つめた。 その瞳に、娘が何を背負い、何を置いてきたのかをすべて察した景が広がった。
「そうかい」 登紀子はそれ以、何も尋ねなかった。 ただ掛けでを拭い、カウンターのの鉢を指差した。
「ちょうど、肉じゃがのが染みたところだよ。ご飯、べるかい?」
「……うん。べる」
栞はカウンターの端の、父がきていた頃からいつも座っていた丸子に腰をろした。 目のに、湯気のつ炊きたての米と、母が煮込んだ肉じゃが、そして豆腐とわかめの噌汁が並べられる。
箸を取り、肉じゃがを、に運んだ。 甘辛い汁のが、じんわりと体の隅々まで染み渡っていった。 余計な飾りも、見栄も何もない、母がこの所で作り続けてきた、誠実なだった。
「美しい」 栞が呟くと、登紀子は嬉しそうに目を細め、自分の分の茶碗にもご飯を盛り付けた。
「当たりだよ。誰が作ったとってるんだい」
厨のでは、の柔らかな差しがの簾を照らしていた。 からも、保育園の子供たちの声に囲まれ、自分のでち、自分の力できていく。 失った貯は、また働いて貯めればいい。 奪われずに済んだ自分の尊厳と、母の笑顔に比べれば、そんなものはいくらでも取り戻せるものだった。
「お母さん、おかわりある?」 「いくらでもあるよ。しっかりべなさい」
穏やかなだしの匂いので、栞のしい常が、静かに始まろうとしていた。