"3年の介護と兄のタワマン頭金" 第5話
それを、この男は「完璧な計画」と呼んでいた。
「兄さん、正気なの? 母さんはまだで靴も履けないんだよ? 島なら所にりいもいるし、私も伝えるけど、京のらない町でにして、何かあったらどうするの」
『だから、俺たちがくにいるっつってんだろ! 何でおはそうやって、男がせっかくてた親孝のプランにケチをつけるんだよ』
健の声が荒くなった。
『体な、麻子。おはこの、実にタダでんでたんだろ? 賃も払わずに親のスネかじって暮らしてきたやつが、今さら権利ばかり主張するなよ。俺は京で族養いながら、い税払って必にやってんだよ。実のはお父さんが族のために残したもんだ。それをどう使うかは、跡取りである俺が決めるのが筋だろ』
「タダでんでなんかないよ! の固定資産税も、お父さんの回忌の費用も、今回の入院費用のて替えだって――」
『はいはい、そういう細かい話は今週末に聞くから。曜の昼に実くわ。司法士に遺産分割協議の叩き台作らせてるから、実印と印鑑証通用しとけよ。母さんの分は俺が持ってるからいいから』
「待って、兄さん――」
『じゃあな。恵理が呼んでるから切るぞ』
プツリと、方に通話が切れた。
ツーツーという無質な子音だけが、受話器から漏れ続けた。
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台所の勝のガラスに、夕暮れの自分の顔がぼんやりと映っていた。髪をろで適当に束ね、化粧も落ちかけ、目のに濃い隈を作った歳の女の顔だった。
。 父がんでからの、私は何を守ってきたのだろう。
毎週末の買いし、病院の送迎、庭のむしり、壊れた湯器の修理配。休暇の半分以を母の通院と実の維持に使い果たし、友との旅の誘いを断り、結婚を考えていた相とも「実の親をにできないから」と距を置いて、結局別れた。
その全てが、健にとっては「タダで実に居座ってスネをかじっていただけ」の言で片付けられた。
そして母は、その健が自分を京の狭いアパートに放り込み、の売却代で自分の見栄のためのタワーマンションを買おうとしていることもらず、今も親戚に自の話をかけ続けている。
居から、母の嫌の良さそうな笑い声が聞こえてきた。
「ええ、そうなのよ。健がね、曜にはわざわざ幹線で帰ってくるっていうのよ。本当に親いの良い子に育ってくれて……」
私は握りしめていたスマートフォンの源を落とさず、机のに置いた。
テーブルの端には、佐々氏が置いていった査定と、先ほど健が言い放った言葉がくのしかかっていた。
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『曜の昼に実くわ。実印と印鑑証通用しとけよ』
私は呼吸をつして、台所の引きしをけた。 そこには、父がくなったに私が全て理し、領収を輪ゴムで束ねて保管してある黒いファイルが眠っていた。
曜の夜、母は退院したばかりのを引きずりながら、台所にとうとしていた。
「お母さん、何してるの。の朝ご飯なら私が作るから、座ってて」
仕事から戻り、スーパーのレジ袋を提げたまま声をかけると、母は蔵庫の野菜を覗き込んだ姿勢のまま、苛たしそうに振り返った。
「健がのお昼に着くんだから、ごしらえくらいしとかないとにわないでしょうが。あの子、子どもの頃から私の筑煮と豚の角煮が好物なんだから」
「まだってるだけで痛むんでしょ。お医者さんにも、事のち仕事は最週は控えるように言われたばかりじゃない」
「息子のために煮物を作るくらいで折れるようなじゃないわよ。ほら、麻子、干し椎茸の袋取って。あと、駅のデパで静岡茶のいいやつ、買ってきてくれたんでしょうね?」
母の目には、の昼にやってくる「自の男」を迎える揚しかなかった。その首がに腫れがり、内履きのかかとを踏み潰しながらっていることすら、本の識からは消えっているようだった。
私は買ってきた惣菜を蔵庫にしまい、干し椎茸の袋を黙って調理台に置いた。