"十二年前、泥水に捨てられた私" 第5話
「何度同じミスを繰り返せば気が済むんだ。君たちの甘えに付きっているはない。結果をせないなら、次のを探すだけだ」
若々しくも、切の妥協を許さない威圧に満ちた声。
(この部の主は、なんて厳しくて恐ろしいなんだろう……)
奈緒はを竦ませ、度とその声の主と鉢わせることがないよう祈りながら、そのをにちったものだった。
だが、運命とは奇妙なものだった。
激しい夜のががった、ある曜の朝半のこと。
夜、紬が突然の夜泣きを繰り返し、奈緒はもできないまま現に入っていた。
い取りで清掃カートを押し、最階の会のにつ。
マスターキーで静かに解錠し、「失礼いたします」とさく声をかけてドアを押しけた。
通常なら、朝のこの帯に役員フロアにの気配はないはずだった。
しかし、暗い内にを踏み入れた瞬、奈緒は息を呑んでち尽くした。
部の奥、巨な窓を背にしたな革張りソファに、スーツ姿の男性が崩れ落ちるように倒れ込んでいたのだ。
「えっ……?」
奈緒はカートを放りし、わず駆け寄った。
倒れていたのは、まだ代半に見える若い男性だった。
彫りのい端正な顔ちをしていたが、その顔は気で、額にはびっしりとや汗が浮かんでいる。
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固く閉じられた瞼のの呼吸は浅く、胸のが刻みに震えていた。
「もしもし! 丈夫ですか!? 気がつきますか!?」
肩を揺すっても、男性からの返答はない。
救急を呼ぶべきかパニックになりかけたが、奈緒は咄嗟に静さを取り戻し、男性の首を取った。
々しいが、規則正しい脈拍がある。
デスクを見やると、乱雑に積みげられた膨な事業計画、きっぱなしのノートパソコン、そして底にわずかにめた液体が残るコーヒーカップがつも転がっていた。
(徹夜で仕事をして、そのまま過労で倒れたんだ……)
奈緒は迷うことなくいた。
まず、呼吸を楽にするために、男性の固く結ばれた級ネクタイを慎に緩めた。
シャツの第ボタンと第ボタンをし、窮屈そうなジャケットのボタンをす。
それだけでも、男性の荒かった呼吸がしだけ落ち着いたように見えた。
次に、ソファの端に置かれていたウールのブランケットを広げ、え切った男性の肩から元までしっかりと掛け直した。
朝の役員フロアは、空調が止まり底えする。
奈緒は急いで湯へり、マグカップに温かい湯を注いできた。
デスクのにそっとカップを置くと、奈緒は再びソファの横にしゃがみ込んだ。
男性のを取る。氷のようにたくなっていた。
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「……く、温まらないと」
奈緒は自分の荒れた両で、男性のきなを包み込み、ゆっくりと擦り始めた。
幼い頃、母が体調を崩して寝込んだ、こうしてを温めて血を良くしてあげたことをいしたのだ。
奈緒ののひらは、の仕事と洗剤で固くなり、ひび割れていた。
決して滑らかとは言えない、苦労の刻まれた。
だが、そののぬくもりは、驚くほど確かで、柔らかかった。
どれほどのが流れただろうか。
男性のい睫毛がかすかに震え、たげな瞼がゆっくりと押しかれた。
焦点の定まらない瞳が井を彷徨い、やがて、自分のえたを両で包み込んで擦っている奈緒の姿を捉えた。
「……誰だ」
掠れていたが、芯のあるい声。
それは先、ドア越しに聞いたあの峻烈な声と同じ主のものだった。
奈緒ははっとして、弾かれたようにをし、ちがった。
「も、申し訳ありません! 私は朝清掃の者です! 会が倒れていらっしゃったので、勝にお体に触れてしまって……!」
神崎圭吾は、ゆっくりと半を起こした。
痛むのか、眉を指先でく押さえ、いため息を吐きす。
「……いつのにか、識がんでいたのか」
「おそらく極度の過労かと……。ネクタイが苦しそうでしたので緩めさせていただきました。あと、デスクのに温かい湯を置いてあります。
がとてもたくなっていらしたので」
圭吾は自分の首元に触れた。確かにネクタイは緩められ、体には毛布が掛けられている。