"十二年前、泥水に捨てられた私" 第8話
「すみません、すぐに修正します……!」
「成瀬さん、神フーズ様からの話、保留にしたまま分も経ってるわよ! くて!」
親になって教えてくれる同僚もいたが、半の社員は淡だった。
女子トイレや湯では、奈緒のいないところで容赦のないがび交っていた。
「ねえ、あの成瀬さんって、どういうコネで入ってきたの?」
「会の特別な推薦らしいわよ。職、何だったとう? このビルの清掃員だって」
「嘘でしょ!? 清掃員からいきなり本社の正社員? 会、体何を考えてるの……?」
「枠なんじゃないの? 子連れらしいし、みっともない」
その声がパーテーション越しにに入るたび、奈緒の胸は抉られるように痛んだ。
自分が無能であることは自覚していた。
だが、圭吾の顔にを塗ることだけは、んでも許せなかった。
奈緒は誰よりもく、午には社してフロアの準備をえ、昼休みを返してパソコンの練習ソフトを打ち込んだ。
夜、紬を寝かしつけたは、持ち帰った業務資料と専用語集を、目が霞んで文字が読めなくなるまでノートにき写した。
そんな奈緒の姿を、圭吾は会のモニター越しに、そして廊ですれ違う際の瞥で、静かに見守っていた。
を差し伸べて守ってやることは簡単だった。
だが、ここで自分がをせば、彼女は社内で「会の庇護を受ける無能な女」
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として扱われ続ける。
彼女自のでたなければならないことを、圭吾はっていた。
入社して半が過ぎた頃、奈緒の努力は目に見える形で実を結び始めていた。
社内の誰よりもく正確に備品管理をい、各部署からの細かな望を先回りしてえ、総務の窓につ奈緒の笑顔は、社内でも評判になりつつあった。
あるの夕方、フロアのかりがほとんど消えた頃、奈緒がで残業をしていると、内線話が鳴った。
『成瀬さん。しいいだろうか』
会に呼ばれた奈緒が入すると、圭吾は温かいコーヒーを淹れて待っていた。
「お疲れ様。……顔が良くなったな」
「会……。ありがとうございます。おかげさまで、しずつですが仕事の全体像が見えるようになってきました」
圭吾は奈緒の元を見た。
相変わらず働き者のだったが、以のような痛々しいひび割れは消え、血が戻っていた。
「君の努力は、総務部からも聞いている。誰も文句を言えないくらい、君は自分の居所を自分の力で勝ち取った。……誇りにうよ」
その温かい言に、奈緒が張り詰めていたの糸がふっと緩み、わず目がくなった。
「私……けないことばかりで。会のお名を汚してしまうんじゃないかと、毎怖くて」
「汚すものか。君は誰よりも誠実で、いだ」
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圭吾はそう言うと、デスクのに飾られていたさな写真てに線を落とした。
そこには、圭吾によく似た面を持つ、優しげな女性が写っていた。
「私の母だ。私が学に入ったに、過労でくなった」
圭吾は静かに語り始めた。
「父は私が幼い頃にの女を作ってをた。母は女つで、親族からの嫌がらせに耐えながら、この会社の礎を必に守り抜いたんだ。『圭吾、あなたが継ぐのよ。あなただけが私の希望なの』と。その期待に応えたくて、私は子供代を捨てて勉し、仕事に狂してきた。だが……母が倒れた、私はな商談の最で、最期にち会うことすらできなかった」
圭吾の横顔に、いが差していた。
「母を救えなかった悔を抱えたまま、私はり続けてきた。誰も信じず、音も吐かず、ただ会社の業績だけを追い求めて。……そんな、あの朝、君に会ったんだ」
圭吾は奈緒に向き直り、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ボロボロので、見返りも求めず、私のえたを温めてくれた君の姿に……私は、かつての母の温もりを見たような気がしたんだよ。君が、止まっていた私のをかしてくれたんだ」
「会……」
企業のトップとして完璧に見えていた男性が、自分と同じように、い喪失と孤独ので戦ってきたのだとった瞬、奈緒の胸のにあった敬は、もっと切実でいへと姿を変えていった。
それから数、圭吾から社での事に誘われた。