"廊下の清掃員が紡ぐ奇跡のメス" 第2話
この、コロンビア学病院の夜勤シフトに入るたび、幾度となく繰り返されてきた景だった。だが、桐の胸のにりや怨嗟の炎が燃えがることはない。彼を支配していたのは、それら俗世のをすべて焼き尽くしたに残る、のようない諦と、決して消えることのない自己処罰のだった。
(これでいい……。私のようなには、このたいこそがお似いだ)
桐はさく息を吐き、第術のに向かった。 に散らばっていた汚れたガーゼをトングで拾いげ、医療廃棄物用の黄いペール缶に落とし入れる。その、桐の線が術の扉の横にあるアクリル板の掲示板に吸い寄せられた。
そこには、ピン留めされた数枚の術カンファレンスシートと、翌朝の術予定表が掲示されていた。
『術式:冠脈バイパス術(CABG) 予定所: ハイリスク症例』 『患者:歳 男性 既往歴:度糖尿病、陳旧性筋梗塞、駆率(LVEF)28%』 『執刀予定:ドクター・ハミルトン』
桐の瞳の奥で、無質だったが突如として鋭利な輝きを帯びた。 それは、どれほど歳が流れようと、どれほど自らを貶めようと消しることのできない、超流の臨科医としての直観の覚だった。
(主幹部病変に加え、LAD(枝)の隔枝根部に度な化……。
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駆率パーセントでの術に耐えられるか? 肺の装着がを超えれば、全の炎症反応と拍量症候群(LCOS)で脱できなくなる危険が極めてい)
桐のので、添付された粗い造CTのコピー画像が、瞬に次元の拍する臓モデルとして再構築されていく。
(伏静脈を用いた通常のグラフト選択では、術期の血栓閉塞リスクがすぎる。内胸脈(LITA)の完全骨格化採取をい、体温循環止を用いずにオフポンプ(拍)でバイパスを吻しなければ、この患者の術率はパーセントを割るだろう。……だが、ハミルトン先のアプローチは、依然として古典なオンポンプ・アレスト(止)だ)
「おい、桐! 何をを止めているんだ!」
鋭い叱責が、背から突き刺さった。 振り返ると、夜帯の総婦を務めるマーガレットが、両を腰に当てて仁王ちしていた。代半ばのベテラン護師であり、その厳格さと容赦のなさは若医師たちからも恐れられている。
「ここはあんたのような清掃員がち止まって眺める所じゃないのよ。医学用語のスペルも読めないくせに、難しそうな顔して掲示板を睨むんじゃないわよ。気が悪い」
「……失礼いたしました。すぐに終わらせます」
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桐は再びをげ、モップを握り直した。 「まったく、最の業者はろくな員を寄越さないんだから。を磨いたら、第病棟のリネンを片付けなさい。シーツの搬入が遅れているのよ。くしなさい!」
マーガレットの鋭い踵の音がざかっていく。 桐は黙々とモップをかした。リノリウムのに、自分のやつれた顔がぼんやりと映り込んでいる。
(私は……何をしているのだろうな)
自嘲の笑みが、乾いた唇から漏れた。 かつては、この術のにいた。 京学医学部付属病院、臓科第教授。 に執刀する術は百例を超え、そのすべてにおいて患者を還させ続けた「神の」。世界から難症例が持ち込まれ、の名な科学会に招かれては、スタンディングオベーションで迎えられた。彼の発した微血管吻技術は、いまや世界の教科に『Kiryu's Anastomosis』として記載されている。
名誉、位、富、そして患者たちからの神仏のごとき謝。 そのすべてが、かつての桐ののにあった。
だが――それらはすべて、瞬の過信と、運命の残酷な悪によって々に砕け散ったのだ。 あの桜が散り始めていたの午。 「桐先、翔太を……翔太を助けてください」と、縋りつくようにをげていた両親の顔。 歳の、まだ髭もえ揃っていなかったの、たくなっていく胸の触。
『なぜ……なぜうちの子を殺したんですか!?』 『百パーセントじゃなかったんですか! 奇跡の医者じゃなかったんですか!』 『殺し! 私の息子を返してよ!!』