"十八年間、壁の中にいた妻" 第2話
からは壁にしか見えないよう、レンガが積まれ、表面をいモルタルで塗り固められていたのだ。
失踪した嫁の荷物が、血にまみれた状態で、自宅の壁のからてくる。
それは何をしているか。
「なんかじゃない」
松永はく呟いた。
「彼女はにていない。このので殺され、壁のに隠されたんだ」
、警察が「単純」として片付けた事件の蓋が、いま音をててれようとしていた。
*
計の針を、に巻き戻す。
19931023。
れの諏訪の町に、夕が静かにりてきていた。
沖縄での婚旅を終えたばかりの沢井俊平と妻の綾乃は、夕方過ぎに諏訪の実へと戻ってきた。
俊平は元の精密器に勤める実直な歳。
妻の綾乃は隣町でまれ育ち、控えめで穏やかな気ちから、所でも評判の美しい嫁だった。
沢井は、俊平と、くに夫をくした母の静枝の暮らし。
そこに綾乃が嫁いできたばかりだった。
だが、玄関にを踏み入れた綾乃の顔は、国の陽を浴びてきたはずの嫁とは到底えないほど、蒼だった。
俊平がトランクを運んでいる、綾乃は靴を脱ぐなり、胸元をく押さえて玄関のがり框に倒れ込むように座り込んだ。
台所から迎えた姑の静枝が、息を呑んで嫁の顔を覗き込んだ。
広告
「綾乃さん、どうしたの? 顔が真っじゃないか」
「いえ……すみません、お義母さん。移ので、し酔ってしまったみたいで……ちょっと横になれば、丈夫ですから」
綾乃は無理に唇の端を持ちげ、々しい笑顔を作った。
そのの夜、俊平は元の友たちに誘われ、結婚祝いの酒席へ顔をした。
「婚々、嫁さんを置いてくるなんてひどい男だな」とやかされながらも、酒を酌み交わし、帰宅したのは夜を回った頃だった。
俊平はひどく酒に酔っていた。
玄関の鍵をけると、静まり返った廊の奥で、母の静枝が険しい顔でっていた。
「俊平、こんなまで何をしてるんだい。綾乃さんは具が悪くて寝ているんだよ」
「わかってるよ母さん……悪かったよ」
俊平は千鳥で居を通り抜け、寝の戸をけた。
暗い部の布団ので、綾乃がを縮めて背を向けていた。
俊平が枕元に座り、「おい、綾乃、丈夫か?」と声をかけると、綾乃は布団を被ったまま、掠れた声で言った。
「……俊平さん、お酒臭い。今はもう、あっちで寝てください」
「なんだよ、せっかく配して帰ってきたのに」
酔いの回った俊平は、わずかに苛ちを覚えながら、襖を乱暴に閉めて隣の居の畳のに敷かれた予備の布団に倒れ込んだ。
酒のせいで識は急速に濘へと沈み、すぐにい眠りへと落ちていった。
広告
午半。
寝で横たわっていた綾乃は、喉の奥からせりがってくるい鉄のに、激しく目を見いた。
咳をこらえるようにをで塞いだが、指の隙から粘り気のある液体が溢れした。
息が吸えない。
肺が握りつぶされるような激痛に、綾乃は布団から転がりた。
音をてないよう、つんいになりながら暗い廊をいみ、勝を抜けて裏庭の井戸端へと向かった。
え切った夜気の、コンクリートの叩きのに膝をついた瞬、激しい咳と共に、鮮血がから噴きした。
いシルクスカーフを元に当てたが、布は瞬くに赤黒い液体を吸い込み、ぐっしょりとくなった。
血は止まらなかった。
何度も何度も、胸の奥底から込みげる喀血が、綾乃の細い体を容赦なく折り曲げた。
綾乃は震えるで胸元を押さえ、暗のを仰いだ。
婚旅の直、で訪れた信州学病院の診察。
医師から告げられた酷な宣告が、の奥で反響していた。
『急性骨髄性血病の再発です。回の寛解から何事もなかったのですが……今回はが極めてい。すぐに無菌に入院して、力な抗がん剤治療を始めなければ、を越すことは難しいでしょう』
綾乃は、俊平の笑顔をい浮かべていた。
自分のような病な女を、からし、守ると誓ってくれた優しい夫。
母子庭で育ち、女つで育ててくれた母親に恩返しをしたいと、いつも真面目に働いていた俊平。