"十八年間、壁の中にいた妻" 第9話
姑の静枝が「息子の殺の証拠」だと信じ込み、壁のに封印し続けたあの血染めのバッグ。
それは、夫をするあまり、自分のの恐怖と痛みをで抱え込み、夫の未来を守るために命を削ってをた、若き妻の最のの遺言だったのだ。
殺の証拠などではなかった。
すべては、しすぎる善と狂気、そしてすれ違いがみした、獄の劇だった。
*
翌朝。
のち込める諏訪の岸に、警察の赤灯が幾にも揺れていた。
県警の警備艇が面に波紋を広げ、ウェットスーツにを包んだ潜隊員たちが、たいのへと次々に潜っていく。
畔のたいが吹きつける、俊平はち入り規制線のロープを掴み、面を見つめ続けていた。
には、警察から見せられた綾乃の記のコピーが握りしめられていた。
は、俊平の涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
「なんでだよ……綾乃……」
俊平の唇から、途切れ途切れの声が漏れる。
「なんでで抱え込んだんだよ……。荷になんてなるわけないだろう……おがぬなら、俺が取るに決まってるだろう……! なんで言ってくれなかったんだよ……!」
捜索は難航を極めた。
という歳は、底の形を変え、をく堆積させていた。
目、何も見つからなかった。
目、古い自転の残骸とゴミが引き揚げられただけだった。
広告
そして、目の午過ぎ。
岸からメートルほどれた、枯れた葦の群の底を捜索していた潜隊員が、面に顔をげた。
「骨を発見! のに、骨があります!」
静寂に包まれていた畔が、気に騒然となった。
引き揚げ作業は慎にわれた。
たいのから、担架に乗せられて陸へと運ばれてきたのは、の歳によって骨化し、に覆われた、柄なの遺骨だった。
の布はほとんどに溶けて朽ち果てていたが、その細い首の骨に、鈍いのを放つものが残されていた。
を払うと、それは錆びついた女性用の腕計だった。
裏蓋には、さな文字が刻まれていた。
『俊平より 1993.5.12』
俊平が、プロポーズのに全財産をはたいて綾乃に贈った腕計だった。
「綾乃ッ……!」
俊平は制止する警官のを振りほどき、まみれの遺骨のに膝から崩れ落ちた。
たい骨に両を伸ばし、抱きしめようとして、壊してしまうのを恐れるように宙でを震わせた。
「ああああっ……綾乃! 綾乃ぉぉッ!」
畔に、男の慟哭が霊した。
、妻に逃げられた男として嘲笑され、妻を殺した殺しとして疑われ、それでも妻が帰ってくると信じて廃を守り続けてきた男の、すべてのが崩壊した瞬だった。
妻は逃げてなどいなかった。
広告
自分を裏切ってなどいなかった。
彼女は、自分をするがゆえに、このたいの底で、たったで息絶えていたのだ。
司法解剖の結果、遺骨に骨折や刃物による損傷などの殺の痕跡は切認められなかった。
因は、急性骨髄性血病に伴う量喀血による呼吸全、および寒での体温症と断定された。
綾乃は、夫と初めて会ったいの畔のベンチで、静かに力尽き、やがてのへと滑り落ちていったのだと考えられた。
*
真実がすべてのに晒された、野方検察庁は、沢井静枝に対する処分を決定した。
しかし、その結論は、あまりにも残酷な法の限界を示すものだった。
静枝の犯した罪――体損壊、および証拠隠滅の公訴効は、当の法制度においてから。
最でもと定められていた。
その効は、2000の点で、すでに完全に成していたのである。
検察がした判断は、「公訴効完成による起訴処分」だった。
取調でその決定を聞いた松永刑事は、類を握りつぶし、爪が皮膚にい込むほど拳をく握りしめた。
「法に裁けない……? だぞ! 罪のない若い娘がでんでいき、残された夫はをめちゃくちゃに破壊されたんだ! それを、効だからお咎めなしだと!?」
松永のりの叫びに対し、検察官はただ静かに目を伏せるだけだった。
静枝は、法による処罰を免れた。
しかし、彼女を待っていたのは、法網など比較にならない、過酷な現実の審判だった。