"十八年間、壁の中にいた妻" 第10話
起訴となり、再び介護療養病に戻された静枝の元を、俊平が訪れた。
ぶりに、きりで対峙した母と息子。
子に座る静枝は、さく縮こまり、震えるで息子のを掴もうとした。
「俊平……俊平、許しておくれ……。母さんは、おを守りたかったんだよ……。おが殺しになるのが怖くて……」
俊平は、母のを静かに、しかし決定なたさで払いのけた。
その瞳には、もはやりも涙もなかった。
ただ、絶対な断絶のだけが広がっていた。
「母さん」
俊平は、く、乾いた声で言った。
「あんたが守りたかったのは、俺じゃない。殺しの母親になりたくなかった、あんた自だ」
静枝の顔が、絶望に歪む。
「あんたのその勝な『』が、綾乃をでなせたんだ。あんたが警察に本当のことを言っていれば、あの、綾乃はすぐに捜索されて、たい底にも沈んだままにならずに済んだんだ。俺も……あいつをちゃんと取ってやれたんだ」
「俊平……頼むから、そんなことを言わないでおくれ……!」
「俺の母親は、にんだ」
俊平は背を向けた。
「もう度と、俺のに現れるな。あんたの顔は、度と見たくない」
「俊平! 俊平ぉッ!」
老母の狂乱の叫びを背に受けながら、俊平は度も振り返ることなく、病のい扉を閉めた。
それが、の最の会話となった。
静枝はその、急速に認症をさせ、やがて息子の名すら呼ぶことができなくなった。
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だが、識がかすかに戻る瞬、彼女は壁に向かってをわせ、誰も聞き取れない謝罪の言葉を呟きながら、涙を流し続けたという。
彼女には、自らが作りした罪悪という名の、ぬまでられない永の牢獄が残されたのだった。
*
事件は、『諏訪・壁ののバッグ事件』として、全国のメディアで連トップニュースとして報じられた。
初捜査における警察の杜撰ない込み、勝な「族の庇護」がみした最悪の劇として、激しい社会議論が巻き起こった。
これを契に、警察庁は期未解決事件の専任捜査班の権限を幅に化し、方者届が提された際の初捜査の見直し、およびDNA登録の期義務化に向けた法改正の議論が本格にスタートした。
世論は沸騰し、そしてやがて、しいニュースの波に押し流されて化していった。
だが、残された俊平の胸のの穴は、決して埋まることはなかった。
初のたいがる、諏訪内の斎で、篠原綾乃の密葬が静かに執りわれた。
という歳を経て、ようやく実の両親の元へ帰ってきた娘の遺骨。
老いた両親は、さな骨壷を抱きしめ、ただただ声を詰まらせて泣き崩れていた。
俊平は、遺族席の末席で、静かにをげ続けていた。
葬儀が終わった、俊平は、再発によって完全に更となった、かつてのの跡へと向かった。
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がり、綺麗に均された茶いの面。
そこには、母と暮らし、綾乃とい婚活を送り、そしての獄を過ごしたの痕跡は、何つ残っていなかった。
俊平は面にしゃがみ込み、のからを覗かせていた、個のさな赤レンガの破片を拾いげた。
れの壁に使われていた、あのレンガだった。
俊平はジャンパーのポケットから、事現から持ってきたさな槌を取りした。
そして、レンガに向かって、力任せに槌を振りろした。
ガツン、と乾いた音が響く。
度、度、度。
赤レンガは々に砕け散り、赤茶の末となってのに吹きばされていった。
の呪縛。
母への憎しみ。
世へのみ。
そして、自分自へのやりのないり。
そのすべてを、俊平はそので々に打ち砕いた。
「……終わったよ、綾乃」
俊平はちがり、空を見げた。
の切れから、の澄んだ陽が射し込んでいた。
俊平はに乗り、諏訪へと向かった。
畔の岸。
、綾乃がタクシーをり、最の瞬を過ごした所。
によってしくて替えられた製のベンチに、俊平は腰をろした。
コートのポケットから、警察から返却された、あの茶のボストンバッグに入っていた綾乃の記帳を取りす。
科学捜査によって丁寧に修復されたそのページを、俊平は指先で優しく撫でた。
『あなたに会えて、本当によかった』
最のページに刻まれたその言葉を、俊平は声にして読んだ。
「俺もだよ、綾乃」
たい面を渡るが、俊平の頬を撫でていく。
「俺も……おと会えて、本当によかった」
のきにわたり、真実はたい壁のに閉じ込められていた。
しかし、どれほど分いコンクリートも、どれほどい歳も、彼女が最に遺したを、永に埋もれさせることはできなかった。
の波が、夕を受けてキラキラと黄に輝いていた。
俊平は記帳を胸にく抱きしめ、ゆっくりとちがった。
、あの夜の暗ので止まったままだった俊平の計の針が、いま、静かに、そして確かにき始めていた。