"祭り食堂の逆襲" 第1話
受話器の奥から、くぐもった男の声が響いた。
男はで嘲笑うように息を吐きし、周囲の誰かに向かって言い捨てるようにをいた。
「あ、貧乏の飯なんかえるか? 今夜の50名、キャンセルで」
その言葉の直、どっと沸き返るような複数の男たちの品な笑い声が聞こえ、そして、ツーツーという無質な子音だけが元に残された。話は方に切られたのだ。
けい子は褪せたプラスチックの受話器をに押し当てたまま、瞬きをすることすら忘れてち尽くした。指先はく血の気を失うほど固く受話器を握りしめている。
彼女の目のの座敷には、何もかけて準備した50分の料理が所狭しと並べられていた。塗りのお椀からは微かにい湯気だけがちり、誰も座ることのない空で静かに空へと消えていく。けい子は、その温かい景を見つめたまま、しばらくの、指本かすことができなかった。
この、方で残酷な、たった1本の話。
それが数、話をかけてきた傲な男から、100億円という巨な契約を永に消しることになるとは、今のけい子にはる由もなかった。
静寂に包まれた内に、ただ壁掛け計の秒針の音だけが空しく響き渡っていた。
は、そのの朝へと遡る。
午5。まだ空には夜のが濃く残る、「祭り堂」
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の厨にパッとオレンジのかりが灯った。
コンロのにつのは、暮けい子、38歳。このの女将である。
祭り堂は、赤商の端れにひっそりと佇む、昭の面を残す古い堂だ。祖父が自らので建て、父が代目として跡を継ぎ、そして今はけい子がたった1で切り盛りしてこの簾を守っている。
けい子は、使い込まれた掛けの紐をきゅっと背で結び直すと、目のの巨な寸胴鍋の蓋を静かに持ちげた。
もわっとちる気と、醤油と砂糖が焦げたような甘辛いりが厨いっぱいに広がる。の夜から仕込んでおいたものだ。豚の角煮を6鍋分、加減を微調しながら、じっくりと6かけて煮込んだ。これは、今はき父から直接教わった、このに代々伝わるやり方だった。
「母さん、これ洗ったよ」
ふいに、背からさな声がした。
けい子が振り返ると、流しのにった息子の健太が顔をげた。学3、9歳になったばかりの健太は、ぶかぶかのゴム袋をはめ、洗い終わった鉢を丁寧に切りかごに並べていた。
まだ空が暗いうちから、健太は自ら起きてきて皿を洗っている。けい子が頼んだわけではない。毎のように、彼はこうして母の背を見ながら伝いをしてくれるのだ。
けい子は濡れたをタオルで拭い、健太のそばにしゃがみ込んだ。
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「もう寝てていいのに……」
申し訳なさとおしさが入り混じった声でそう言うと、健太はゴム袋をしながら、胸を張って答えた。
「僕も、こののだから」
その真っ直ぐな瞳を見て、けい子はわずふっと笑みをこぼした。彼女は優しいつきで、健太の寝癖のついた柔らかいをそっと撫でた。
(この子は、本当にこのが好きなんだな……)
けい子はちがり、線を厨から奥の座敷へと向けた。
磨きげられた古い座卓が並ぶその空の、井の隅。そこには、の巨な台が残していった黒ずんだシミがある。瓦がでずれ、がるたびにそこからじわじわとが滲むようになってしまったのだ。
先、所の根に見てもらったところ、瓦の葺き替えとの補修で「直すのに23万円かかる」と言われた。
そのの見積もりは、今もレジの引きしのに切にしまってある。
けい子は、カレンダーの今の赤い丸印を見つめた。
今夜の予約は50。元の企業の宴会だ。15000円のコース料理で、売は25万円になる。材料費を差し引いても、まとまった利益がる。そのおを、ずっと回しにしていた根の修理費に回すつもりだった。
「これで、ようやく漏りを気にせずに済むね」
けい子は健太に向かってさく呟き、再びコンロの力を調節するために鍋へと向き直った。
午10。陽がく昇り、商が活気づき始めた頃、所にむパートの女性2が厨の裏から顔をした。