"港に妻を捨てた次期社長候補の末路" 第1話
クルーズが横浜に着いた朝、のたい潮が私の髪をきく揺らした。
目のには、巨な体が静かに泊している。
その元にあるコンクリートの岸壁に、私のスーツケースだけがぽつんと置かれていた。
私はのタラップの途で、を止めた。
夫の森崎玲は、私の方を度も振り返らなかった。
彼は迷いのない取りで、迎えのいへと歩いていく。
私はざかる夫の背ではなく、置きりにされた自分のスーツケースをただ見つめていた。
バタン、とい音が響いた。
いのドアが閉まる音は、い潮のでもはっきりと私のに届いた。
夫はいつも、最の歩を私に踏ませるだった。
私が謝り、私がづき、私が話しかけ、私が彼の嫌を直したように見せるのが、この夫婦の暗黙のルールだった。
今回もそうなるとっていたのだろう。
この3泊4のクルーズ旅は、義母の貴子さんが私たちの結婚5周の祝いとして用してくれたものだった。
横浜を港して神戸に寄り、瀬戸内を回って再び戻ってくるという旅程である。
派すぎず、すぎない、森崎のたちが好む品のいい贅沢な旅だった。
発のの朝、夫はスーツケースをのトランクに積み込みながら私を見た。
「せっかく母が配してくれたんだ」
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夫はいつもの柔らかい声でをいた。
「楽しくしよう」
私は黙って頷いた。
その言葉が、実際には余計なことを言うなというを含んでいることを、私は分に理解していた。
だから、に乗ってから2目の夜のことも、私はすぐにはにさなかった。
夜の11、客のテーブルに置かれた夫のスマートフォンがにるくなった。
画面には、さやという女性の名が表示されていた。
夫は素くを伸ばし、画面を伏せた。
私の静かな線に気づくと、彼は片方の角だけをわずかにげた。
「仕事だよ」
彼は穏やかな調で言った。
「ホテル業界にも夜もないって君もってるだろ」
言い方はひたすら穏やかだった。
しかし、その穏やかさの奥には、これ以踏み込むなというい刃のような拒絶が隠されていた。
それから、私たちはほとんどを利かなくなった。
翌朝の朝のビュッフェでも、私は自分の皿のに置かれたスクランブルエッグだけをじっと見つめていた。
夜になっても、同じ客ので互いに別の方を向いて眠りについた。
夫はベッドので何度かため息をついた。
それでも、彼から謝罪の言葉がることは度もなかった。
やがて、帰港の朝を告げる内アナウンスが静かに流れた。
まもなく横浜に到着いたしますという声に、乗客たちは名残惜しそうに窓のを眺めていた。
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廊では、さなリュックを背負った子供がはしゃぐ声が聞こえる。
私は洗面台のにち、び散った滴をティッシュで丁寧に拭き取った。
鏡に映る自分の顔は、ひどく青かった。
しかし、涙は滴もていなかった。
背で、夫がネクタイを締める気配がした。
旅の最終の朝に、わざわざネクタイを締めるを私はにらない。
夫は鏡越しに私の目を見た。
「今、母のところへ寄るから」
私はに持っていたティッシュを丸めた。
「聞いてない」
夫はネクタイの結び目を微調した。
「今、言った」
私は鏡のの彼を見つめ返した。
「私もくの?」
夫は当然だというように軽く顎を引いた。
「当然だろ」
彼はネクタイからを放した。
「旅を配してくれたんだから、お礼くらい言うのが普通だ」
普通、という言葉を夫は好んで使った。
森崎にとって都のいいことは、体が普通という言葉に置き換えられる。
私は洗面台の縁をく握った。
「体調が悪いから、今は帰りたい」
夫はしだけ眉に皺を寄せた。
「またそれ」
私は顔をげて、彼の線を真っ直ぐに受け止めた。
「またって何?」
夫は苛たしげに息を吐いた。
「都が悪くなると、すぐ体調の話をする」
私のののティッシュが湿り、指に張り付いていた。
「さんって誰?」
言ってから、自分でも驚くほど声がく沈んでいた。
夫はしだけ眉をかした。
それから、彼は自分の袖をゆっくりとえ始めた。