みかん小説
本棚

"追い出された四畳半" 第22話

「……バカみたい」

彼女は鉄の扉を押しけ、取りでへとていった。 引きずられるキャリーケースの輪が、濡れたコンクリートのでガラガラと障りな音をててざかっていく。

私は廊の窓から、の様子を静かに見ろした。

公団の敷、錆びた止めフェンスの横に、見覚えのある黒塗りの軽自台、アイドリング音を響かせてまっていた。 昨の夕方、黄い督促状をドアに挟んでいった、あのの回収だった。

階段をりてきた莉緒が、そのに気づき、ピタリとを止めるのが見えた。 運転席のドアがき、作業着姿の男が、ゆっくりとりてくる。 莉緒はずさりしようとしたが、背のフェンスに追い詰められ、そのにへたり込んだ。

男たちのが、莉緒の腕を掴み、部座席へと押し込む。 キャリーケースと黒いゴミ袋が、乱暴にトランクへ放り込まれた。

バタン、といドアが閉まり、軽自たい排気ガスを残して、ゆっくりとっていった。

彼女がこれからどこへ連れてかれ、どうやって万円の当利得と、須藤が残した数百万円の借を背負ってきていくのか。 それはもう、私のる世界のことではなかった。 自らの虚栄のためにを踏みつけにしたが、自らのみで沈んでいく。

広告

ただそれだけの、ありふれた、そして酷な結末だった。

静寂が、部に戻ってきた。

元を見ろすと、タタキのには、莉緒が今朝放り投げた千円札が枚、濡れたに落ちたまま残されていた。

私はしゃがみ込み、その幣を指先でつまみげた。 で茶く汚れた触。 私はそれを、躊躇なく、台所のゴミ箱のへと放り捨てた。

の血を吸って作られた施しなど、円たりとも私のには必ない。

私は腕まくりをし、台所の流し台のから、古いバケツと雑巾を取りした。 蛇をひねり、たいをバケツに満たす。 塩素の匂いが、狭い台所に広がっていく。

私は膝をつき、玄関のタタキから居にかけて、須藤のだらけの靴跡と、莉緒の脱ぎ散らかした化粧品ので汚れたを、力杯に拭き始めた。

ゴシゴシと、古い目を削るように雑巾をかす。 バケツのが、瞬で黒く濁っていく。 を取り替え、もう度、絞った雑巾で拭きげる。 指先がたさで赤く麻痺していくが、その痛みが、議なほどよかった。

須藤のタバコの焦げた匂い。 莉緒のっぽいバニラの。 この部に染み付いていた、あの醜悪な寄虫たちの気配を、滴残らずこので洗い流していく。

作業を終えたとき、計の針は正午を回っていた。

広告

拭き清められたは、昭の古い板のくすんだ目を、静かに晒していた。 傷だらけで、あちこちが軋む、貧しい部。 だが、そこにはもう、誰かの顔を窺う怯えも、背から突き刺さる悪線もしなかった。

私は台所のやかんをにかけた。 青いガスが、静かに鍋底を温めていく。

器棚の奥から、母が内職のに使っていた、粗陶器のさな湯呑みを取りした。 茶筒の底に残っていた、物の番茶の葉を急須に入れる。

シューという音とともに、やかんの先からい湯気がちのぼった。 私はを止め、急須に湯を注いだ。

ちのぼる、ばしい茶のり。 湯呑みに注がれた琥珀の液体を、両で包み込む。 陶器の温もりが、え切っていたのひらの奥くまで、じんわりと染み渡っていくのをじた。

私は居の真ん、莉緒の毛いラグが取り払われた、素の畳のに腰をろした。 湯呑みを元に運び、、含む。

温かい。 そして、かすかに渋い。

「……美しい」

声にして、私は呟いていた。 誰に慮することもなく。 自分の稼いだで、自分ので沸かしたお茶を、自分のむ。

そんな、として当たりの尊厳が、これほどまでに胸を震わせるものだとはらなかった。

胸ポケットから、母の写真を取りし、畳のてかけた。

を拭いった母の顔が、湯気の向こうで、なしか穏やかに微笑んでいるように見えた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: