"追い出された四畳半" 第23話
「お母さん」 私はので語りかけた。 「この部、守ったよ。……でもね、私、ここをていくことにしたよ」
昨、区役所と公社の窓で、矢代監察官から提案されたことがあった。 この部の居権を維持することも能だが、過の経緯や、須藤の周辺のによる報復の能性を考慮すれば、別の公団宅への転居、あるいは活再建のための県への転も支援できる、と。
私は、県への移を選んでいた。
静岡県、沼津の港くにある型物流センター。 全国展している私の派遣元が、社宅付きの期契約社員を募集していた。 のくの、さなワンルームのアパート。 賃は万千円、与から引きされ、残りはすべて自分の元に残る。
ここ区の公団は、母との切ないの所だった。 だが、同に、私の代のすべてを縛り付けた、い枷の所でもあった。 母が遺してくれたのは、この古いコンクリートの部そのものではなく、「誰にも奪われない、自分のできていくための誇り」だったはずだ。
私は湯呑みを干し、ちがった。
押し入れの奥から、スーパーでもらってきたさな段ボール箱をつ、取りす。 持っていく荷物は、驚くほどなかった。
母の遺品の裁ちばさみと針が入った、あのさな桐箱。 修復した母の写真。
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擦り切れた作業着と、冊の文庫本。 そして、を越すためのわずかな類。
それだけで、つの箱が半分埋まった。 もうつの箱には、の回りの洗面用具と、今まで使っていた急須と湯呑みを入れた。
分もかからずに、荷造りは終わった。
翌週の曜。 午。
公団の敷には、の澄み切った青空が広がっていた。 あの激しかったが嘘のように、空気はどこまでもたく、く澄み渡っていた。
階段のには、矢代監察官が公社の公用の横にって待っていた。
「準備はいいですか、宇佐美さん」 「はい」
私は、つの段ボール箱を積んださな押しを引き、部の鍵を矢代に渡した。 真鍮の、し擦り減った鍵。 、母が私ののひらに握らせてくれた、あの鍵だった。
矢代は鍵を受け取り、しっかりとポケットに収めると、私に向かってくをげた。 「あなたのこれからの活が、平穏であることを祈っています」
「お世話になりました」
私は礼し、公団の敷を歩きした。 コンクリートの階段、錆びたすり、で削れたアスファルト。 振り返ることはしなかった。
千の駅から、本線へと直通する野京ラインのに乗り込む。 朝の通勤ラッシュを過ぎた内は、まばらにが座っているだけだった。
私は窓際の席に座り、膝のに母の桐箱が入ったトートバッグを抱えた。
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ガタゴトと、規則正しいレールの継ぎ目の音が、によく響く。
が摩川を越え、神奈川を抜け、次第に窓の景がのビルから、枯れの々と広い青空へと変わっていく。
トンネルを抜けた瞬、界が気にけた。
平線の彼方まで広がる、濃紺の。 の柔らかな陽が、波をキラキラとく照らししていた。
私はの窓を、指先でしだけ押しけた。 隙から、たく、かすかに潮のりを孕んだが、私の頬を撫でて吹き抜けていった。
く、く、息を吸い込む。 胸の奥底に溜まっていた、あの湿気た公団のカビの匂いも、饐えた埃の記憶も、すべてが真っな潮のに溶けて消えていくようだった。
首の物の腕計を見る。 午分。
誰の指図も受けない。 誰の借も背負わない。 誰かの嫌を取るために、えたご飯をったまま掻き込むこともない。
ただ、自分の志で働き、自分のでち、自分のためだけに呼吸をする。
私の本当のが、このの向こうから、今、静かに始まろうとしていた。