"息子が私の家を売る夜" 第15話
で着付けを終える頃には、私の背筋は定規を当てたようにまっすぐ伸びていました。 首の鈍い痛みは、議と完全に消えっていました。
階の階段から、ドタドタと慌ただしい音が響いてきました。 智美さんの声でした。
「介さん、くネクタイ結んで! もう半よ。都リアルエステートのさん、に正確ななんだから!」
「分かってるよ……今、結んでるだろ」
介の覇気のない声が続きます。 智美さんは午からの「商談」のために、今朝から美容院へき、品なベージュのスーツにを包んでいました。胸元にはぶりのパールのブローチ。元には、昨私が渡したあの桐の箱が、エルメスのハンドバッグのに切に収められているはずでした。
午分。 静まり返った宅に、ピンポーンと澄んだインターホンの子音が鳴り響きました。
リビングから、智美さんの弾んだ声が聞こえました。
「あら、もういらしたのかしら。しいわね。介さん、お迎えして!」
智美さんがりで玄関へ向かうスリッパの音が響きます。 カチャリとドアがく音。 しかし、次の瞬に聞こえてきたのは、智美さんの予とは全く異なる、く落ち着いた老紳士の声でした。
「ごめんください。こちら、島介様のお宅でよろしいでしょうか」
広告
「……え? あ、はい。そうですが……どちら様でしょうか? 産のさんでは……」
智美さんの声に、らかな戸惑いと警戒のが混じりました。 私は客の襖を静かにけ、廊へとを踏みしました。畳を擦る袋の音すらてずに。
玄関のには、仕てのいい濃紺のつ揃えのスーツを着た、背筋の伸びた髪の男性がっていました。には使い込まれた黒い本革のブリーフケース。縁の鏡の奥から、鋭く、しかし温かみのあるなをたたえた瞳が覗いていました。
成瀬敬郎先。歳。 き夫・健の学代からの親友であり、以にわたって練馬ので司法士事務所を構え、域のあらゆる産登記と遺産相続を取り仕切ってきた、筋入りの法律でした。
「成瀬先」
私ががり框の向こうから静かに声をかけると、智美さんがギョッとしたように振り返りました。 智美さんの目は、普段着の寝巻きや汚れたカーディガン姿しか見たことのなかった義母が、隙のない島紬にを包んでっている姿を捉え、信じられないものを見るようにきく見かれました。
「お、お義母さん……? 何ですか、その格好……それに、この方は?」
成瀬先は、智美さんの無礼な線には切じず、胸ポケットから名刺入れを取りすと、丁寧な所作で智美さんのに差ししました。
広告
「突然の訪問、失礼いたします。私、練馬区で司法士事務所を営んでおります、成瀬敬郎と申します。くなられた健さんとは古くからの友でしてね。本は、子さんから々ご相談を受けまして、類の確認に伺いました」
「司法士……?」
智美さんは名刺を受け取ったものの、その指先がさく引きつっていました。 彼女のので、計算の歯が激しく軋みをてて回転しているのが分かりました。なぜ、認症になりかけているはずの義母が、勝に司法士を呼んでいるのか。このタイミングで、なぜ「練馬の法律」がこのに現れたのか。
階からりてきた介が、玄関につ成瀬先の姿を見るなり、目を見張ってち尽くしました。
「な……成瀬の、おじさん……?」
「おお、介くん。久しぶりだね。お父さんの回忌以来かな。派なを建てられたと、子さんから聞いていたよ」
成瀬先は穏やかに微笑みましたが、その線は介の揺を正確に見抜いていました。
介の額に、じわりと脂汗が滲みしました。 子供の頃から、父親の斎で健と成瀬先が難解な法律談義を交わしている姿を見て育った介にとって、「成瀬のおじさん」は、父親と同じくらい恐ろしく、絶対に嘘が通用しないでした。
「介さん、りいなの?」
智美さんが、介の袖をく引きながら声で詰め寄りました。
「お、親父の……番の親友だよ。